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北陸道 ほくりくどう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北陸道
ほくりくどう

五畿七道の一つ。「ほくろくどう」とも読む。畿内から日本海沿岸に及ぶ地方で,古くは「越 (こし) 」と呼ばれた。大化改新後,越前越中越後の3国に分れ,養老2 (718) 年能登,弘仁 14 (823) 年加賀の両国がそれぞれ越前国から分立した。これより先,大化改新のとき若狭国佐渡国ができて北陸道に加わり,和銅1 (708) 年越後国から出羽国が分れて東山道に属した。愛発関 (あらちのせき) 以東7国から成るこの地方を縦貫する北道 (きたのみち) ,陸道 (くぬがのみち) は律令制度のもとでは小路として駅ごとに駅馬5頭が備えられていた。

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百科事典マイペディアの解説

北陸道【ほくりくどう】

五畿七道の一つ。畿内から北東方へ日本海沿岸諸国を連絡した道。また沿道の諸国。もと越(こし)国と総称。《延喜式》では若狭(わかさ)・越前(えちぜん)・加賀(かが)・能登(のと)・越中(えっちゅう)・越後(えちご)・佐渡(さど)の7ヵ国。
→関連項目穴太荘愛発関駅・駅家越後国越前国越中国海津加賀国佐渡国塩津七里半越白河関能登国若狭国和邇

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世界大百科事典 第2版の解説

ほくりくどう【北陸道】

古代の地方行政区画の七道(五畿七道)の一つ。古くは(こし)と称した。《西宮記》では〈クルカノミチ〉〈キタノミチ〉と読んでいる。685年(天武14)東海・東山以下の使者派遣のさい北陸の名のみえぬのは,このときは東山に属していたためとみられ,行政区画としての北陸道の成立は701年(大宝1)まで下るであろう。《延喜式》には若狭,越前,加賀,能登,越中,越後,佐渡の7国が所属するが,所属国についてはしばしば変更があった。

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大辞林 第三版の解説

ほくりくどう【北陸道】

〔古くは「ほくろくどう」〕
五畿七道の一。若狭・越前・加賀・能登・越中・越後・佐渡の七国をいう。くぬがのみち。北国。
の諸国を縦貫する道。

ほくろくどう【北陸道】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北陸道
ほくりくどう

古代以来の「七道」の一つ。「ほくろくどう」ともいわれた。日本海に沿った福井県から新潟県にかけての地域で、平安初期以後、若狭(わかさ)、越前(えちぜん)、加賀(かが)、能登(のと)、越中(えっちゅう)、越後(えちご)、佐渡(さど)の七か国がこれに属し、また近江(おうみ)から越前、加賀、越中を経て越後に至る官道を北陸道と称した。古くは高志(こし)の国、越路(こしじ)とよばれたが、律令(りつりょう)国家成立期の天武(てんむ)朝(672~686)に越前、越中、越後の三国に分かれた。若狭国は三国分割以前に成立していたようである。のち712年(和銅5)に出羽(でわ)が越後から離れて東山(とうさん)道に属し、越前から718年(養老2)に能登、823年(弘仁14)に加賀が分立して、七か国となった。官道としての北陸道は、愛発関(あらちのせき)、敦賀(つるが)、帰山(かえるやま)、越前国府、礪波山(となみやま)などを経て、越中、越後に通じていた。[戸田芳実]

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世界大百科事典内の北陸道の言及

【駅伝制】より

…中央から辺境にのびる道路にそい,適当な間隔で人・馬・車などを常備した施設すなわち駅を置き,駅を伝わって往来する交通・通信の制度。世界史上,前近代に広大な地域を支配する中央集権国家が成立すると,外敵の侵入や国内の反乱に直ちに対処するばあいを含め,支配維持のために中央と地方とを常時連絡する手段が必要となり,さまざまな形態の駅伝が制度として定められるのが一般であった。このように駅伝制はもともと前近代における支配手段の一種であったから,国家の管理下に置かれて民間の自由な利用は許さないのが原則であり,また国家権力の解体とともに衰退していった。…

※「北陸道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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