改訂新版 世界大百科事典 「小進化」の意味・わかりやすい解説
小進化 (しょうしんか)
microevolution
同じ種の中で生じる小規模な進化的変化。大進化の対語。新しい種が誕生するような中規模の進化もこれに含めることがある。小進化の例としてまず挙げられるのは,同じ集団内に生じる遺伝的変化である。工業地帯におけるガの工業暗化型の増加,殺虫剤の使用にともなうハエやダニやシラミの薬剤抵抗性系統の出現などがその好例である。前者の例では煤煙(ばいえん)で汚れた環境内では,暗化型の方が鳥などの捕食者によって食われにくいことから有利になり,増加したらしい。後者の例では殺虫剤の使用により,それに抵抗性のあるものが積極的に選択されて増加することになった。
小進化の中で特に注目に値するのは,同じ種内の異なる地域,環境にすむものが少しずつ異なる形態,生態,行動を発達させる地理変異の例である。たとえば鳥類や哺乳類では,温暖湿潤な地域にすむものは冷涼乾燥下にすむものよりも体色が濃いという傾向がある。この現象は〈グロージャーの規則Gloger's rule〉と呼ばれる。また同じく鳥や哺乳類では,冷涼な気候下にすむものは温暖な気候下にすむものよりも体が大きいという傾向もあり,これは,〈ベルクマンの規則Bergmann's rule〉と呼ばれる。この二つの傾向は明らかに気候との関連で発達してきたものであるが,地理変異の中には気候とは無関係に生じているものもある。体の大きさ・体色・鳴き声などがまったく不規則に変異している例がそうである。こうした例は特に同じ諸島内の異なる島々にすむものの間でよく見られる。ガラパゴス諸島にすむゾウガメの甲羅の模様,同じ諸島内のダーウィンフィンチ類各種の羽色や大きさ,ハワイ諸島のハワイミツスイ類各種の羽色やくちばしの形状などに見られる地理変異がその好例である。これら不規則な地理変異は,環境に対する適応として発達したものではなく,遺伝的な偶然性が強く関与して生じたものらしい。ただしこれらの中には,類縁の近い種がいるかいないかによって変異が生じたと考えられる例もある。たとえば托卵をする鳥類ツツドリが本州ではムシクイ類の巣に白っぽい卵を産みこむのに,北海道ではウグイスの巣にチョコレート色の卵を産むのは,もともとウグイスにそれと同じ赤い卵を托卵するホトトギスが北海道にいないためと考えられる。
このような同じ種内に生じる地理変異は,進化という観点からすればひじょうに短い期間内に生じることがある。北アメリカに移入されて増加したイエスズメは,数十年のうちに気候に関連した体の大きさの地理変異を発達させてしまった。しかし一般には体の大きさや色に顕著な地理変異が生じるのには,数千年はかかるものと考えられている。そうした顕著な地理変異を発達させたものの中から,やがて新しい種が誕生してくることになる。
執筆者:樋口 広芳
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報