集落を囲繞(いによう)する山の頂にまつられる共同体の守護神。日本では古代以前から山岳信仰があつく,山頂とか山腹に山霊である〈山の神〉が鎮座し霊妙な威力を周辺の住民に誇示すると考えられていた。したがって,そこは森厳なる聖域であるから,容易には入ることが許されない。人々は山麓や平地の居住地からはるかに神を仰ぎ拝むことによって,わずかに宗教的充足感をみたしていた。つまり山すそに遥拝所の社殿を建て,そこで年ごとの祭祀を執行してきた。これが里宮の成立である。大和三輪山の大神(おおみわ)神社,薩摩開聞岳の枚聞(ひらきき)神社などが,いずれも拝殿のみで本殿の構えをもたないのは,山頂を遥拝する里宮であったことを示している。したがって社祠の成立からみると里宮がはやく,山宮はその後であった。日本列島に多い山岳信仰にもとづく神社では古霊社ほどこの原則が貫かれている。
峨々としてそびえる高山霊岳でなくとも,山宮と里宮とが一対となって機能する形式も少なくない。秋祭がすむと神体は山宮へのぼり春先になると山より下って里宮に鎮座し,そこで住民の守護にあたる。その推移ごとに遷幸があって神輿の渡御が盛大に行われる。また氏子の死霊は三十三年の弔い上げののち山頂へのぼってそこに鎮留するとの民間信仰があり,この山中他界観が成熟するにつれ,山宮祭祀をいっそう深化させたことも,忘れてはならない。
執筆者:桜井 徳太郎
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山上や中腹にある社(やしろ)で、山麓(さんろく)や村里にある里宮に対する呼称。普通、同一の祭神を山上と山麓で祀(まつ)ることから、山宮と里宮、上宮(かみみや)と下宮(しもみや)、上社(かみしゃ)と下社(しもしゃ)あるいは奥宮と本宮(もとみや)などと区別してよばれている。春になると神が山から田へ降りて田の神となり、秋にはふたたび山に戻って山の神になるといった田の神の去来伝承が広く信じられていること。新潟県の弥彦(いやひこ)神社のように、祭神がまず弥彦(やひこ)山の神陵に降臨すると伝え、山上を神降臨の場所として祀り、本社は山麓に祀るという神社があること。そして、伊勢(いせ)神宮の社家の度会(わたらい)、荒木田(あらきだ)両氏の山宮行事が祖先祭りと考えられること。これらのことから、元来は山上で祀っていたものがしだいに山麓で祀られるようになったと解釈されがちであり、山宮から里宮へ、という図式でとらえられた。そのうえ、山の神は祖霊の具現したもので、山宮の意義は祖霊を祀ることにあったという説に発展した。しかし、これは実証性に欠ける。日本の神は古来より神木などの依代(よりしろ)によって天より降臨すると意識されてきた。したがって、多くの事例に即せば、山麓に祀られている神が天から降臨したという伝承をもっているために、その伝承に基づいて山上に祀るようになったり、降臨の場所を山上に定めたりするようになったという見解のほうが妥当性をもつと考えられる。
[佐々木勝]
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