デジタル大辞泉 「山の神」の意味・読み・例文・類語
やま‐の‐かみ【山の神】
2 妻のこと。特に、結婚してから何年もたち、口やかましくなった妻。
3 カジカ科の淡水魚。頭部が縦扁し、体色は黄褐色で暗色の横帯が5本あり、産卵期にはしりびれなどが赤色になる。晩秋に川を下って産卵、稚魚は翌年4、5月ごろ川を上る。2年めには16センチくらいになる。食用で、中国では
[類語](2)家内・
日本列島は海洋に囲まれながら,陸地の面積の大部分が山地によって占められている。その山地は水の源であるほか,植物,動物,鉱物などの生活資源となるものを豊富に提供し,その恩恵によって多くの人々が独自の文化を生み出してきた。反面,山は出水,風雪,雷電による災害の原因をつくり出し,ときには火山の噴火にともなって人間生活を根底から破壊しつくすこともある。山は人間に対して,正と負との両面の働きかけをすることにより,恩頼と畏怖の観念を同時に併存させた神秘的な存在であった。
山の領域空間は,人里の周囲の里山,そこから深く入った奥山,さらに険しい岳(たけ)とに分類することができる。里山では焼畑や常畑耕作を行い,草刈りや薪炭の製産を行って,日常的に身近な空間であるが,奥山は深い森林の中で猟師,木地屋(きじや),たたら師などの漂泊的な生産者の活動の場であった。岳は岩肌が露出した山頂部分で,ここは人跡もまれで特定宗教の霊山信仰の対象となる空間である。
山の神信仰は山に活動する人々の領域によって異なり,実に多様な形を伝えている。里山を舞台とする者は同時に水田稲作農耕にも従事しているので,春になると山の神が田に降りてきて田の神となり,秋には山へ帰って山の神になるという去来信仰を特徴としており,東日本にかたよりながらほぼ全国的に分布している。この信仰の成立は,人の死後その霊魂が山におもむくという山中他界観が基礎になっている。つまり死後の霊魂が時間を経て先祖神となり,子孫の生活を守るために降りてくるのだと説明されてきた。一方では,春と秋の2回ほど山の神祭とか山の神の日というのがあり,春は山の神が木の種子をまき,秋には木の数をかぞえているから山に入ることを禁じ,家ごととか講仲間で祭りを営むところもある。生産の比重を山におくか田におくかによって,その伝承に変型を生じたものと考えられる。
炭焼きに従事する人々のあいだでは,その技術を弘法大師から伝授されたというので,大師様を山の神としてまつるところが西日本に分布している。また東北地方の山間部には熊などの獣を獲るまたぎと呼ぶ狩猟者がいた。彼らは冬季間に集団的に狩猟に従事するのであるが,日光派といって日光権現から狩りの許可を得たという由来を持つのと,高野派といって弘法大師から畜生済度の呪文(じゆもん)を得たというものとがあり,それぞれ極秘の巻物を伝えていた。また長野県の諏訪大社を本社とする諏訪明神を狩猟の神・山の神として信仰(諏訪信仰)する猟師が,中部地方を中心に分布している。その他の多くの狩猟者は一般の山の神を信仰し,獲物を解体するときに耳や内臓の一部を供えて感謝のしるしとしている。
山の神を男神とするところ,木地屋のように夫婦神とするところもあるが,全国的には女神だという伝承が行われている。東日本から中部日本にかけては,山の神を十二様ともいって一年に12人の子を産むと伝えており,山の豊穣性を山の神の多産性として象徴化している。したがって山の神の機能が生産や出産など多岐にわたっているとみることができよう。山の神を女性とするところでは,女性が山に入ることを嫌うといって忌み,男根型の物を作って供え,豊作や豊猟を祈願するところが多い。
→田の神
執筆者:坪井 洋文
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山を支配する神。全国にみられる民間信仰で、多くの土地では山の神は女神だという。しかし男神という所もあり、また夫婦(めおと)神としている例もある。山の神を女神としている地方では、この神は容貌(ようぼう)がよくないので嫉妬(しっと)深く、女人が山に入るのを好まないという。山の神信仰については、山仕事をする木こり、炭焼き、狩人(かりゅうど)などと、農作をする人々との間では多少の違いがある。農民の信ずる山の神は、春先山から下り田の神となって田畑の仕事を助け、秋の収穫が終わると山へ帰り山の神となるという。山仕事をする人々は、山の神が田の神になるというようなことはいわない。
山の神の祭日には山へ入ってはならぬという。この日山の神は山の木を数えるとか、木を植えるとかいう。祭りは7日、9日、12日などまちまちであるが、東北地方では多く12日で、山の神を十二様とよんでいる。十二様は女神で1年に12人の子を生むという。これにちなんで山の神の祭りには12個の餅(もち)を供える。山の神は祭りに女子が参加することを好まないという。津軽地方では山小屋に12人の者が入るのを嫌ったり、物をそろえる場合など12という数を避けるようにしている。山の神への供物(くもつ)は全国を通じて粢(しとぎ)、餅などがあるが、とくに神の好むものとして海オコゼという魚がある。山の神への供物を女が食べると気の荒い子が生まれるといわれている。神奈川県から山梨県へかけて正月21日の行事に、山の神の冠(かんむり)落としといって、篠竹(しのだけ)で弓矢をつくり山の神に供える。この日山の神が狩りをする。神は冠の落ちるのもかまわず弓を射るので、その矢に当たるかもしれず危険で山へは行けぬという。九州博多(はかた)地方では、旧暦12月24日を山の神の洗濯日といい、その日はやはり山へ入るのを遠慮するという。
[大藤時彦]
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…古代から聖獣と考えられ,人語を解し人の性の善悪を見分けて悪人を害し善人を守ると信じられた。また,山の神の使者とも仮の姿ともいわれてオイヌサマの名で信仰の対象ともなっている。とくに近世有名であったのは関東秩父の三峰神社,中部地方の山住大権現で,熊野地方の神社や但馬,若狭地方にもこれを守札に刷って出した社寺があり,修験道の信仰もその流布にあずかったらしい。…
…チベットではかつてカンチェンジュンガ山はそれ自体崇拝の対象であったが,後になるとカンチェンジュンガなる神のすみかとみなされるにいたった。 日本の民間信仰における山神は一般に〈山の神〉と称されるが,農民と山民(炭焼き,猟師,きこりなど)とではその性格を異にしている。農民の信奉する山の神は,春先に里に来て田の神となり,秋の収穫後に山に戻って山の神になるといわれる。…
…東北地方では主婦をヘラトリといい,主婦権譲渡をヘラワタシという。しゃくしは田の神や山の神の採物ともされ,主婦が山の神と称されるのもこのためという。しゃくしはさまざまなまじないにも使われ,家の戸口にさして悪疫や風邪よけとしたり,自在かぎに結びつけて火伏せのまじないにもされた。…
…九州阿蘇神社の下野の狩り,信州諏訪大社の酉の祭などはこの種の儀礼の大規模なものといえる。小さな儀礼としては狩猟者が獲物を射止めた折に,解体してその内臓の一部や肉片,あるいは毛や耳,舌など身体の一部を山の神に供え,次の獲物があるように祈る儀式もある。さらに熊など巨大なまた強力な野獣を得たとき,その霊が恨み怒ってたたりをなすことを防ぐために,その頭骨をまつって石を口にかませ,または上下顎骨を分離して葬り,あるいはいり豆とともに埋めて〈この豆が芽を出すまで生きかえるな〉などと唱えるなどの呪術的なものもあり,後者は主として専業宗教者の関与するところであったらしい。…
… 狩りは道具や技術もさることながら,予期しえない偶然や動物生態,天候,地形,植生などの条件に左右されやすいために,人に神秘感を与え獲物の多少を神霊の力や個々の運勢によるものと考えさせる場合が多かった。そのために山の神に対する信仰や縁起をうんぬんすることが伝承として多くかぞえられる。たとえば出産・死亡についての謹慎事項が多く,家族・親族にこれにかかわる者があると不猟であるばかりか,大きな事故にあうとして忌まれる。…
…また田の神は恵比須・大黒と習合して信仰されることもあり,その信仰はきわめて複雑である。だが田の神信仰の特徴は,神が一定の場所に常在するのではなく,稲作過程の折り目にそって去来すると考えられており,一般には春に山から里に降りてきて田の神となって稲の生育を見守り,秋に再び山に帰って山の神となると考えられている。 山民の信仰する山の神も普遍的なものは農民とほぼ共通であるが,山村では山の領域を守護してくれる一種の地主神というべきものがあり,三又など特徴のある木そのものに神が宿ると考え,そうした木の根元に神体石や祠をおいてまつることが多い。…
… 10をこえた数では12,13,33,49,100,1000などが重用される。12は1年の月数であり,しかも3と4をかけた聖数であって暮れのミタマノメシのように供物の数としてしばしば用いられるほか,山の神を十二様とか十二山の神とよぶ地方もある。13は日本では十三仏,十三塚,十三参りなど信仰上の重要な数であり,十三(じゆうそう)という地名も各地に分布している。…
…この際,船主とか船主の妻女をわざと海へつき落としたり,あるいはコケラオトシとかコケラオドシなどといって,わざと船を大きく揺らせる風習や,船を一度転覆させる所作が伴うところがある。これは船材についている山の神の霊をおとすためであると説明されることが多い。【高桑 守史】。…
…富士の巻狩は源頼朝が将軍の権力によって,下野那須野,上野三原,富士山麓で催したうちの一つであるが,偶然曾我兄弟の仇討が行われたので有名になった。巻狩の本来の目的は山の神の意志をうかがうための一種の祭儀の意味をもったらしい。定例的な祭儀としての巻狩は諏訪明神の御射山(みさやま)祭,阿蘇神社の下野の狩りなどが名高い。…
…しかしゼンマイ採りの沢や山腹斜面は,共同の組によって採取時期が規制され乱採が戒められてきた。山の神の信仰は今も強く,サガミ様が鎮まるという相模山を見る場所では,みなこれを拝して山中のぶじを祈り,この山にすむという爪白の熊は姿を見ても射てはならぬと伝えている。また山崎伊豆守なる人物の伝えた〈狩の巻物〉と称する近世の書が伝えられてきた。…
…みその原料である豆や麦は,畑作農耕を基盤にしていることから,畑作信仰と関連ある要素をうかがうことができる。例えば,みそのにおいを山の神が好むといい,山の神祭にみそ田楽やみそをぬって焼いた御幣餅を作るところは多い。また,死者に供える膳にみそをそえたり,野辺送りから帰ったときの清めにみそを使うなど,塩ときわめて近い関係で考えられているところもある。…
…小水は携えた竹筒を使用した。終わると木から降りたときの作業歌を歌い山の神に感謝を捧げる。これらは田植における田植歌の儀礼に対応するもののようである。…
… 厄日には暦にもとづく陰陽道によるものが多く,外出を忌む坎日(かんにち),葬式を忌む友引(ともびき),家屋の建築や旅立ちを忌む三隣亡(さんりんぼう),種まきや植樹を忌む不熟日(ふじゆくにち)・地火(じか)の日などがよく知られているが,二百十日とか二百二十日を厄日とする所も多い。また,新潟県西頸城郡のように旧暦2月9日を厄日といって,山の神が山を回る日だからそこへ入るとけがをするというように,全国的に山の神の日を厄日としている。 厄月は一般に正月,5月,9月があてられているが,これはむしろたいせつな神祭の月として不浄や穢(けがれ)のないように慎みの生活を送ることに重点がおかれている。…
…やまぐちまつりともいう。平地の農民が山中に立ち入って狩猟,伐木その他山林の資源を採取するに際して,山林に立ち入る通路の入口で山の神を祭り,行動の安全と立入りの許可を祈願すること。山口にある大木や岩石を山の神の座にみたて,ここに柴を折ってさし,酒などを注いで祈ることは,現在でも伐木業に従う人々が行っている。…
…なかでも重要な構成主体は,海の民が山地に移住した場合であるという。もと海の神に奉仕し祭りを行っていた海の民が山に移り住んだことによって,海の神に対する信仰を山の神にふりかえた部分があるというのである。宮廷の大嘗祭をはじめ平野や賀茂の大社の祭りに山人として参加しているのは,もともと海上はるかなかなたの海の神の祝福をもたらす役割であったのが,山に移住して山の神の奉仕者となったため山の神の祝福をもたらす者として現れてくるようになったのだと説く。…
…女性は猟師の活動の場である山中や海上に出かけること自体が禁じられ,舟に乗ること,武器を使用することも猟行為としてはタブーに属する。その理由は主として女性の生理から説明され,山の神・海の神が女性とされているため,神が女性を嫉妬し忌むのだとされるが,正確にはまだ十分解明されていない。狩猟またぎ【千葉 徳爾】。…
※「山の神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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