日本大百科全書(ニッポニカ)「岩塩」の解説
岩塩
がんえん
halite
鉱物名として用いる場合と、これを主成分とする鉱床として用いる場合とがある。鉱物としての岩塩は通常細粒結晶の集合体をなし、これが有利に採掘可能であれば岩塩鉱床となる。
[鞠子 正]
鉱床
岩塩鉱床は、海水または流出口のない湖水の蒸発によって、溶解成分が析出沈殿して生成される蒸発岩として産する。蒸発量が降水量を上回るような乾燥気候であれば、蒸発岩が生成される可能性がある。蒸発岩には現在生成中のものと地質時代に生成されたものとがある。前者は大部分が緯度15~30度の亜熱帯地域に分布するが、赤道高地、極砂漠あるいは中央アジアのような大陸地域にも認められる。後者のもっとも古いものは太古代にさかのぼるが、多くは古生代およびそれ以後に生成されている。
海水または湖水の蒸発によって、最初炭酸カルシウムが沈殿し、硫酸カルシウム、岩塩、カリウム塩、マグネシウム塩の順で続く。岩塩鉱床が生成されるためには、莫大(ばくだい)な量の海水が蒸発する必要がある。たとえば、1000メートルの深さの海が完全に蒸発してできる岩塩層の厚さは、わずか12.9メートルである。岩塩層の厚さは数百メートルに及ぶものもあり、このような厚い岩塩層が生成されるためには、溶解成分を含んだ水の連続的な補給が必要であることがわかる。乾燥気候において、沈殿する鉱物を決定する要因は湿度である。岩塩が沈殿するには湿度が76%以下でなければならず、低緯度の海岸地域の湿度は通常70~80%であるので、岩塩鉱床がよく発達するには、より湿度の低い内陸環境でなければならない。
地質時代生成の大規模な岩塩鉱床には次の二つの成因モデルが提案されている。
(1)閉鎖海盆モデル 海洋の一部が地殻変動あるいは堆積(たいせき)物の充填(じゅうてん)により海洋と絶縁され、大陸中にカスピ海のような塩湖を生じた場合である。乾燥地帯であれば蒸発量が流入河川水の量を超え、塩湖が濃縮し最終的には岩塩鉱床が生成するというモデルで、水の補給量が比較的少ないので生成される岩塩層は薄くなる。沈殿物の層は下から炭酸カルシウム→硫酸カルシウム→岩塩の順序で重なる。
(2)部分開放海盆モデル 海盆が完全に海洋から絶縁されず、海洋への開口部から海水が連続的に供給されるモデルで、蒸発によって濃縮された塩水は新しく供給される海水の下に沈み、開口部の砂州に妨げられて流出することがない。開口部から海盆の奥に向かって塩濃度が次第に上昇するので、同じ方向に炭酸カルシウム→硫酸カルシウム→岩塩という沈殿物の累帯配列を生ずる。供給水量が多いので閉鎖海盆モデルの場合より厚い岩塩層が形成される。
地下深くに存在していた岩塩層が上部に堆積した岩石の重力による圧力で、下から上へ絞り出されるように上方の地層を押し上げながら移動貫入し(このような現象をダイアピリズムdiapirismという)、ドーム状の岩塩鉱床を形成することがあり、この岩塩ドームも採掘の対象となっている。岩塩ドームは石油を胚胎(はいたい)する地質構造をつくるので、大きな関心がもたれている。2002年における世界の塩の生産量(大部分が岩塩)は2億2500万トンで、主要生産国はアメリカ4390万トン、中国3500万トン、ドイツ1570万トン、インド1480万トン、カナダ1300万トン、オーストラリア1000万トン。
[鞠子 正]
鉱物
蒸発岩の構成鉱物として産し、しばしば巨大な鉱床を形成する。時代は古生代から新生代完新世(現世)まであり、時代の新しいものほど鉱物組合せ内容は単純化する傾向にある。共存鉱物として普通のものは、カリ岩塩、石膏(せっこう)、硬石膏などのほか、カリあるいはマグネシウムの硫酸塩、カーナル石をはじめ可溶性塩類鉱物が多い。また火山昇華物として、あるいは各種熱水鉱脈鉱床を構成する石英などの包有物として産し、含塩素重金属二次鉱物の塩素の起源となることもある。スカンジナビア半島で、古い地質時代における中程度の変成度の変成岩中に微量の存在が確認されているが、その由来や生成機構などは未解明のままである。
岩塩層は地層の変形に際しては、他の岩石より変形されやすく、ドーム状の形態をとり、ダイアピール構造とよばれる。古い地質時代の岩塩のなかには青色に着色しているものがある。これは、生存するカリ岩塩中のカリの放射能の影響により、ある時間を超えると着色がおこるといわれており、加熱で消滅する。岩塩とカリ岩塩は一見酷似するが味が異なり、ガラスに挟んで圧迫するとカリ岩塩は流動化し、岩塩は粉末化する。岩塩は数少ない食用鉱物の一つである。
典型的な地層をなす岩塩は日本では産しないが、千葉県館山(たてやま)市那古(なこ)船形付近で、冬の乾燥期に堆積岩の表面に石膏などとともに析出するものは量的にかなり多い。外国ではドイツのシュタッスフルトをはじめ、ポーランドのビエリチカ(ウィーリツカ)の巨大結晶、インド・パンジャーブ州のソートレンジ(岩塩山脈の異名がある)、死海やカスピ海沿岸、北アフリカ、アメリカ西部の塩湖に伴うもの、イタリアのベスビオ火山の昇華物として産するものなどが有名である。
[加藤 昭]