日本大百科全書(ニッポニカ) 「市場価値・市場価格」の意味・わかりやすい解説
市場価値・市場価格
しじょうかちしじょうかかく
market value, market price 英語
Marktwert, Marktpreis ドイツ語
商品の価値は、社会的価値であって個別的価値ではなく、生産条件が現在、社会的に正常で、労働の熟練と強度が社会的平均度をもつもとで生産するのに要する社会的必要労働時間によって決まる。
しかし、資本主義的生産は、同一場所の同時的多数労働者の結合労働によって可能になる機械化を生産条件とする。これによって労働の熟練と強度は比較的客観的に社会的平均度の実をあげるが、生産条件は同一生産部門の同種商品でも一様に正常な同じ生産条件で生産されるわけではない。個々の資本の生産条件が異なれば、労働時間も異なり、異なった個別的価値となる。したがって優れた生産条件では個別的価値は低く、劣悪なもとでは高い。だが、同種商品は、現実の市場では競争が個別的価値を同一のものとするので、異なった個別的価値ではなくて、市場にもたらされる商品の総量を規定する社会的価値で売られる。社会的価値は、現実の市場で初めて成立するから、これを市場価値とよぶ。先の社会的必要労働時間の規定による価値は、現実には具体化して市場価値となる。両者は同一のものである。
では、社会的価値である市場価値はどの生産条件のもとで決まるのであろうか。総需要と総供給が一致する純粋な場合についてみると、同一生産部門の中位の生産条件で生産する商品が、優等または劣悪な生産条件のものより市場で商品総量の大部分を占める一般的な場合には、市場価値は、この大量を占める中位の平均的な生産条件の商品の個別的価値で決まる。しかし、優等または劣悪な生産条件の商品が大量を占める商品総量の異常な組合せの場合には、それぞれの大量を占める商品の生産条件の個別的価値が市場価値を規定する。したがって市場価値は、ある生産部門で生産された諸商品の平均価値であり、またその部門の平均的生産条件のもとで生産され大量を占める商品の個別的価値である。そして異常な組合せも、自由な競争が支配する限り、結局、中位の生産条件を主とする一般的組合せに落ち着く傾向をもつ。競争は、生産条件の調整、特別剰余価値の取得や剰余価値の減少、生産拡大・縮小による需要の拡大・収縮として作用し、平均化するからである。
商品の市場価値は、そのまま市場価格として現れるわけではない。市場価格とは、市場における商品の現実の売買価格をいうが、現実の市場では需要供給が変動し、市場価格は市場価値から絶えず乖離(かいり)する。供給が需要より強ければ市場価格は市場価値以下となり、逆ならば以上となる。市場価値と市場価格の一致、需要と供給の一致は偶然的である。だが他方、市場価格の変動も需要と供給の変動を規制し、自動的に調整する作用をもつ。だから市場価格の乖離の変動は長期的には相殺され、市場価格を市場価値の水準に平均化する。したがって市場価値は、市場価格がそれをめぐって上下の運動を繰り返す重心であり、需要・供給関係はこの乖離と相殺の傾向を説明するにすぎない。
以上は同一生産部門の場合であって、異部門間では部門ごとに異なる市場価値のもとで成立する異なる利潤率が、競争により一般的利潤率に均等化するから、各部門ごとの市場価値は、全部門間ではそれと異なる生産価格に置き換わる。したがって市場価値についていったことは、いまや現実の市場では生産価格についていうことになり、それはすべての部門に一様に当てはまる。ここでは市場価格や需要・供給関係を規制するのは市場価値ではなく、いまや、その転化した生産価格となっているのである。
[海道勝稔]
『K・マルクス著『資本論』第3巻第2篇第10章(向坂逸郎訳・岩波文庫/岡崎次郎訳・大月書店・国民文庫)』