日本歴史地名大系 「常寂光寺」の解説
常寂光寺
じようじやつこうじ
常寂光寺
じようじやつこうじ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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京都市右京区嵯峨小倉山(さがおぐらやま)町にある日蓮(にちれん)宗本圀寺(ほんこくじ)派の寺。山号は小倉山。1595年(文禄4)本圀(国)寺第16世日禎(にってい)のとき、豊臣(とよとみ)秀吉の大仏千僧供養(せんぞうくよう)出仕の問題に関して妙覚寺日奥は不受不施(ふじゅふせ)を唱え、出仕反対を貫いた。日禎も出仕せず、1596年、本国寺を退き、この地に草庵(そうあん)を結んだのが当寺の創始である。のち角倉了以(すみのくらりょうい)、小早川秀秋らの帰依(きえ)を受け、寛永(かんえい)年間(1624~44)に寺とした。多宝塔は1620年(元和6)京都町衆の寄進により建立され、国の重要文化財に指定されている。
[田村晃祐]
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...