弘法大師(空海)が巡国のおりに、杖(つえ)を突き立てて湧出(ゆうしゅつ)させたという伝説をもつ泉や井戸。弘法水(みず)ともよばれる。水道の便のなかった時代における水の恩恵の因果を、弘法に結び付けた伝承だが、主人公がまれに最澄(さいちょう)、泰澄(たいちょう)、蓮如(れんにょ)などの場合もある。伝説の内容も種々あって、機(はた)織る女性が遠方から水を差し上げたお礼にとか、老女が水をくむのをめんどうがったために清水ではなく白水(濁り水)に変えたとか、水をくれなかった意地悪な村人と対比させた昔話「隣の爺(じじ)」型の勧善懲悪を教えるものなどがあって、『日本伝説名彙(めいい)』はこの類型を10に分類している。
棚機つ女(たなはたつめ)が水を捧(ささ)げるという内容などは、古代の神霊を接待する聖女の伝承であり、古代儀礼の伝説が弘法に主人公をすり替えて変質してきたものと考えられよう。『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』の貴人接待に井戸を掘る伝説があるが、仏教的変貌(へんぼう)のなかった古い内容を反映している。弘法清水は遠くのまれ人が民に恩恵を与えにくるというダイシ信仰が、仏教の普及とともに大師に混同され、各地に広められたともされる。「弘法大師伝」や諸寺に残る掛幅(かけふく)の絵伝にも水や雨の奇瑞(きずい)は多く、古くは高野山(こうやさん)の蓮華谷聖(れんげだにひじり)や萱堂(かやどう)聖たち念仏聖である高野聖の廻国(かいこく)によって、「弘法栗(ぐり)」などの飢餓(きが)を救済する伝説とともに、全国的に広がったと思われる。
[渡邊昭五]
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…水場は神の支配地であり,水神や井の神などと呼んでこれを祭り,新年の若水も古くからの水場から迎えるところが多い。各地に伝わる,弘法大師などの宗教者が水が不足する土地の者のためにその杖を地に突き刺して水を出してやったといういわゆる弘法清水伝説も,いかに人びとが水に苦しんでいたかを語っている。水場はまた,人びとの日常的交流の場でもあり,とくに温泉は古代から宴の場として利用されてきた。…
…とくに修行時代は不明なので,古くから弘法大師が各地に現れて,奇跡を行ったとする伝説は多い。弘法大師が杖で地面を突くと水が湧き出すという弘法清水伝説,逆に村人がいじわるをしたため水が出なくなる水無瀬川伝説,また杖をたてるとそれが1年に3度実のなる栗の木になる三度栗伝説などがある。また旅姿の大師をばかにしたので悪いことが起こったとする型の伝説も多い。…
…六波羅蜜寺の空也(くうや)像にみられるように,民衆と接し各地を遊行することの多い聖(ひじり)たちは〈わさづの〉という鹿の角の杖をもち,その杖は〈かせづえ〉とも呼ばれた。宗教家の手にする杖は霊力をもち,その杖により清水が湧いたという弘法清水(こうぼうしみず)の伝説や,その杖が成長して樹となったとする伝説は各地に多い。杖が成長したという樹の種類には,杉,銀杏(いちよう),竹,桜,梅,椿,柳,檜(ひのき),松,樟(くすのき),欅(けやき),桂などがある。…
※「弘法清水」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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