彦根[市](読み)ひこね

百科事典マイペディアの解説

彦根[市]【ひこね】

滋賀県中東部,琵琶湖東岸の市。1937年市制。古くから水陸交通の要衝で,中心市街は井伊彦根城城下町として発達。東海道本線,近江(おうみ)鉄道,名神高速道路が通じる。紡績の大工場,バルブ,セメントの工場があり,特に婦人下着の生産が多い。地場産業に仏壇がある。城下町の面影を残し,城跡一帯は三重の天守閣,開国記念館,井伊美術館などのある公園。滋賀大学経済学部がある。1993年に琵琶湖がラムサール条約登録湿地となる。196.87km2。11万2156人(2010)。
→関連項目佐和山滋賀大学高宮鳥居本覇流村

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世界大百科事典 第2版の解説

ひこね【彦根[市]】

滋賀県東部,琵琶湖の東岸にある市。1937年市制。人口10万3508(1995)。1603年(慶長8)井伊直継(直勝)が彦根山(金亀(こんき)山。136m)に城を築いたのが町の起源で,1871年(明治4)の廃藩置県まで井伊氏35万石の城下町として繁栄した。彦根城跡は国の特別史跡に指定されており,城内に玄宮楽々園(げんきゆうらくらくえん)のほか,開国記念館,井伊美術館などがある。彦根は明治以降,大火もなく,第2次大戦の戦災もまぬがれたので,市街に城下町の面影をよくとどめているが,なかでも芹川右岸の足軽組屋敷の町並み景観は貴重である。

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世界大百科事典内の彦根[市]の言及

【滋賀[県]】より


[沿革]
 県域はかつての近江国全域にあたる。江戸末期には彦根藩をはじめ,膳所(ぜぜ),水口(みなくち),大溝,西大路,山上,宮川,三上の諸藩が置かれていたほか,天領,旗本領,他藩の飛地,寺社領,公家領,宮家領が複雑に入り組んでいた。1868年(明治1)大津裁判所,続いて大津県が置かれて天領はじめ諸領地をつぎつぎと管下に治め,71年大溝藩を併合した。…

【高宮】より

…高宮はまた高宮布の生産・集散地として栄えた。中世以来の伝統をもつ麻布で,江戸時代彦根藩の保護・統制のもとに発展し,高宮布を扱う問屋・小売・行商人が輩出した。1742年(寛保2)以降,彦根藩の米札引替所が置かれていた。…

【鳥居本】より

…また江戸吉原の遊女らの寄進によって梵鐘をつくり,歌舞伎《隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)》で有名になった法界坊了海の旧跡,上品寺も宿場内にある。1952年彦根市に合体。現在は集落の西側に国道8号線と近江鉄道が走り,近江鉄道鳥居本駅がある。…

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