思想および良心の自由(読み)しそうおよびりょうしんのじゆう

改訂新版 世界大百科事典 「思想および良心の自由」の意味・わかりやすい解説

思想および良心の自由 (しそうおよびりょうしんのじゆう)

ひろく内心の自由をいう。憲法19条は,〈思想及び良心の自由は,これを侵してはならない〉と定めている。旧憲法には,このような規定は存在しなかった。この自由は,とくに,欧米では,信教の自由と結合して発展してきた。近代諸国の人権宣言においては,信教の自由は多くの場合明文化されたが,日本国憲法のように,思想,良心の自由を特別に宣言する例はあまり見られなかった。しかし,この自由は,ポツダム宣言における〈思想の自由〉の確立への要請などを考え合わせると,人権体系のなかで重要な位置を占めるものであることが理解される。

 一般には〈思想の自由〉と〈良心の自由〉を厳密に区別して論ずる必要はなく,思想・良心を一体的なものとして把握すれば足りるとされており,両者は〈内心におけるものの見方ないし考え方〉として包括して理解されている。こうして〈思想および良心の自由〉は内心領域に属する精神的自由権として把握される。この自由の憲法上の保障は,過去に行われた〈踏絵〉のように,国家権力強制によって人の内心を推知することを禁止することに,その主要な意義を認めることができるが,現在では,その中身につき,これを,世界観,人生観,主義信条など,人間の尊厳と結合し,人格の中核をなすものとして把握する見解が有力である。思想および良心の自由は,内心領域の保障にその法的意義が認められるから,単なる〈公共の福祉〉を根拠として,制約されるものではなく,その限りでは,その保障は,原則として,無制約であると解される。したがって,その限界は,この自由が前述の,世界観,人生観,主義・信条などの内実を失い,みずから保障上の意義を有しなくなるところに生ずる。このことと関連して,思想および良心の自由は,内心の精神的活動を外部に表現しない自由,すなわち〈沈黙の自由〉を含む,と考えられる。

 最高裁判所が本条について判断を下した例は,名誉毀損事件において謝罪広告を新聞等に掲載するよう裁判所が命ずることは本条に反しないとしたものなど,限られた範囲のものであり,思想および良心の自由は今後の展開をまつ分野といえる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「思想および良心の自由」の意味・わかりやすい解説

思想および良心の自由
しそうおよびりょうしんのじゆう

憲法(19条)に「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と保障された内心の自由。「思想」も「良心」もきわめて漠然とした概念であり、このような憲法の規定は珍しい。宗教的な精神活動には「信教の自由」(20条)が、真理探求には「学問の自由」(23条)が、そしてそれらの伝達には「表現の自由」(21条)がそれぞれ用意されているために、「思想及び良心の自由」には、ポツダム宣言(10項)に用語上こだわった無用な規定との見方もある。しかし、それを内心の自由の総則規定と解したり、体系化されていない道徳・世界観といった価値判断に対する保障規定ととらえる見解が多い。確かに純然たる内心の問題について、それをわざわざ宣言して保障する意義はないともいえそうであるが、現実には踏絵のように、しばしば権力者が内心を強引に披瀝(ひれき)させたうえで不利益を課す例が多く、また忠孝を説く教育勅語が国民の価値観を束縛したと考えられているために、「思想及び良心の自由」に独自の意義を認めて解釈するのである。したがって、それは沈黙の自由として問題提起されることが多い(たとえば、取材源の秘匿(ひとく)をめぐる石井記者事件、謝罪広告の強制に関する判決、身上調書に記された虚偽をめぐる三菱(みつびし)樹脂事件、所属政党の開陳を強制した事件など)。なお、これは憲法第76条第3項に規定された「裁判官の良心」とは別物と理解されている。

[佐々木髙雄]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「思想および良心の自由」の意味・わかりやすい解説

思想および良心の自由
しそうおよびりょうしんのじゆう

人の精神活動の自由の基礎をなすもので,日本国憲法 19条は「思想及び良心の自由は,これを侵してはならない」と明記する。思想は人の内心領域の論理的側面に,良心は倫理的側面にかかわると思われるが,憲法解釈論上両者を積極的に区別すべき実益を欠く。思想,良心の自由を侵されないとは,(1) 自己の思想,良心を外部に表明することを強制されないこと (公権力が思想,良心を推知することの禁止をも包含する) ,(2) 自己の思想,良心に反する行為を強制されないこと,(3) 特定の思想,良心をもつことを強要されまたは禁止されないこと,(4) 特定の思想,良心をもっているために差別されないことを意味する。従来 (1) との関連 (謝罪広告や勤務評定における「自己観察」の記入義務) で思想,良心が具体的に何を意味するかが問題となったが,宗教的信仰やこれに準じる主義,思想,世界観などに限定する信条説と内心領域一切が包摂されるとする内心説とが対立している。

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