感精伝説(読み)かんせいでんせつ

改訂新版 世界大百科事典 「感精伝説」の意味・わかりやすい解説

感精伝説 (かんせいでんせつ)

天体その他の自然物に触れることによって女性が妊娠するという形式の伝説で,王朝始祖や伝説的な英雄の生誕譚として伝えられることが多い。世界的には主として古代文明地域とその影響圏に分布している。妊娠のきっかけとなるできごとには,日光に照らされる,水浴による,風に吹かれる,果実や魚をのみ込む,などさまざまであり,なかには魚をのみ込むモティーフがインドからヨーロッパにかけての地域に多いように,特定の地域に特徴的なものもある。《元朝秘史》によれば,ドブン・メルゲンの未亡人のアラン姫は,寝室天窓から入った黄色い光により妊娠し,3人の子を生んだ。その末子のボドン・チャルの12世の子孫チンギス・ハーンである。日光感精伝承のなかには,父親探し型というべきものがある。日光に少女が感精して男児を生んだが,成長すると他の子どもから父なし子とあざけられ,母から自分の父が太陽であることを聞いて父に会いに行くという形式であって,奄美宮古諸島,北アメリカ北西海岸,南西部,フィジー,トンガ,サモア諸島というように太平洋をめぐる分布状態を示している。南アフリカズールー族には水浴型の伝説がある。ある王の幼い娘が,いつもの決まった場所で水浴していたところ,急に乳房がふくれだした。父王は娘が動物を生むのではないかと恐れて追放したが,少女は人間の子を生み,これは後に医者になった。北アメリカのピマ族では,トウモロコシの女神が雨滴ではらみ,人類の祖先を生んだ。物を食べる例としては,オセアニアトレス海峡島々の伝承がある。ブカリという女が捨てられ,食物がないので耳たぶに飾りとして入れていた種子を食べたところ,卵を産み,その中から太陽の子が出現した。聖母マリアの無原罪の御宿りによって救世主イエスが生まれたというキリスト教神話も感精伝説のなかに入る。
始祖伝説
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九州の大隅正八幡(鹿児島神宮)の縁起によると,唐の王女,大比留女(おおひるめ)は7歳のとき,胸に朝日を受けた夢を見て懐妊し,うつぼ舟で流された姫は大隅国に寄りつき,子どもは八幡神,姫は聖母大菩薩として祭られたという。また,時代は下るが,豊臣秀吉は母の懐に日輪が入って生まれたので,日吉丸と名づけられたと,《太閤記》は説く。八丈島には,南風を身体にうけてはらむという女人国の伝説がある。男性なくしてはらむという超自然的現象は,特別な女性のみに起こりうると解釈されたのであろう。心身の清らかな選ばれた女性が,日光などの神の表象を通じて,神童を宿すという解釈である。また,大隅正八幡の例にみられるように,神を生んだ女性も,その子同様に崇拝され,ともに神として祭られる場合がある。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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