デジタル大辞泉
「戸板康二」の意味・読み・例文・類語
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戸板 康二
トイタ ヤスジ
昭和・平成期の演劇評論家,小説家 日本演劇協会常任理事。
- 生年
- 大正4(1915)年12月14日
- 没年
- 平成5(1993)年1月23日
- 出生地
- 東京・芝
- 学歴〔年〕
- 慶応義塾大学文学部国文科〔昭和13年〕卒
- 主な受賞名〔年〕
- 戸川秋骨賞(第1回)〔昭和24年〕「丸本歌舞伎」,芸術選奨文部大臣賞(文学評論部門 第3回)〔昭和28年〕「劇場の椅子」「今日の歌舞伎」,直木賞(第42回)〔昭和34年〕「団十郎切腹事件」,日本推理作家協会賞(第29回)〔昭和50年〕「グリーン車の子供」,菊池寛賞(第24回)〔昭和51年〕,日本芸術院賞(文芸部門 第33回)〔昭和52年〕,東京都文化賞(第3回)〔昭和62年〕,明治村賞(第17回)〔平成3年〕
- 経歴
- 明治製菓勤務後、久保田万太郎のすすめで日本演劇社に入り、「日本演劇」編集長となる。昭和25年演劇評論家として独立。江戸川乱歩のすすめにより33年「車引殺人事件」を発表、推理小説作家に。34年には「団十郎切腹事件」で第42回直木賞を受賞。著書は他に「今日の歌舞伎」「忠臣蔵」「尾上菊五郎」「グリーン車の子供」「ちょっといい話」など多数。歌舞伎を一般大衆のものとしたことで51年に菊池寛賞、翌年評論活動で芸術院賞を受賞。その一方で、俳句は昭和14年頃から内田水中亭の句会に出席して作句。句集に「花すこし」「袖机」、ほかに「久保田万太郎」「句会で会った人」がある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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戸板康二
といたやすじ
(1915―1993)
演劇評論家、作家。東京都生まれ。1938年(昭和13)慶応義塾大学文学部国文学科を卒業し、明治製菓勤務を経て、1944年日本演劇社に入社して『日本演劇』編集に従事、のちに編集長となり演劇評論で活躍。在学中に折口信夫(おりくちしのぶ)の日本芸能史の講義に影響を受け演劇研究と批評を志した。1948年『わが歌舞伎(かぶき)』と1949年『丸本歌舞伎』で戸川秋骨賞を受賞した。1950年日本演劇社を退社して演劇評論家となり、1952年『劇場の椅子(いす)』『今日の歌舞伎』で芸術選奨文部大臣賞を受賞。1960年推理小説『団十郎切腹事件』で直木賞を受賞し、随筆『ちょっといい話』はベストセラーとなり、1969年劇作『マリー・アントワネット』を発表した。1977年日本芸術院賞を受賞し、1991年(平成3)日本芸術院会員。著書には『新劇史の人々』『忠臣蔵』など。平成5年1月30日没。
[編集部]
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戸板康二
といたやすじ
[生]1915.12.14. 東京
[没]1993.1.23. 東京
演劇評論家,小説家。 1938年慶應義塾大学国文科卒業。明治製菓宣伝部,山水高等女学校講師を経て,44年日本演劇社に入社,雑誌編集にたずさわる。歌舞伎評論『わが歌舞伎』『続わが歌舞伎』 (1948) ,『丸本歌舞伎』 (49) などで戸川秋骨賞を受賞。 50年同社を退社してフリーとなる。評論活動のかたわら,推理小説を書き『団十郎切腹事件』 (59) で直木賞受賞。また『マリー・アントワネット』ほか戯曲も書く。『演劇五十年』 (50) その他著書多数。芸術選奨文部大臣賞 (52) ,日本芸術院賞受賞 (76) 。日本芸術院会員 (91) 。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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戸板康二 といた-やすじ
1915-1993 昭和-平成時代の演劇評論家,小説家。
大正4年12月14日生まれ。日本演劇社につとめ,昭和24年「丸本歌舞伎」などで戸川秋骨賞。歌舞伎評論の権威であったが,33年江戸川乱歩にすすめられ「車引殺人事件」をかく。35年「団十郎切腹事件」で直木賞,51年菊池寛賞,「グリーン車の子供」で日本推理作家協会賞。平成3年芸術院会員。平成5年1月23日死去。77歳。東京出身。慶大卒。著作はほかに「歌舞伎への招待」「ちょっといい話」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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戸板 康二 (といた やすじ)
生年月日:1915年12月14日
昭和時代;平成時代の演劇評論家;小説家。日本演劇協会常任理事;「日本演劇」編集長
1993年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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