技術水準(読み)ぎじゅつすいじゅん(英語表記)technological level

日本大百科全書(ニッポニカ) 「技術水準」の意味・わかりやすい解説

技術水準
ぎじゅつすいじゅん
technological level

「技術水準」ということばは、技術の発展の度合いを意味する。したがって、理論的には、技術進歩の歴史的流れ、発展段階に基礎づけられた絶対的基準に照らして評価する場合と、技術進歩について、諸企業間、諸産業間、諸国家間の相対的比較として評価する場合との二つを区別することができる。

[大谷良一]

絶対評価の方法と問題

技術水準の絶対的評価の方法は、通常、労働生産性を指標にして測られることが多い。しかし労働生産性だけで測られるほど単純ではない。それを、たとえば工作機械について考えてみよう。

 工作機械は物体に物理的加工を行うものであり、それはナイフ(刃物)、錐(きり)、鋸(のこぎり)などの道具から発達した機械である。道具の段階から、足踏み旋盤、刃物台付き旋盤、自動旋盤、数値制御式旋盤という歴史的発展の流れにおいて、労働生産性の向上は確かに基本的な技術水準の評価尺度であるが、工作機械の場合、工作精度(加工精度)が同時に重要な意味をもっている。労働生産性が高くとも工作精度が低くては、高い技術水準とはいいがたい。

 一般的にいって、道具や機械、化学装置などの技術的手段に課せられた要求は、単一ではなく複合的であり、そして性能と製造コストが矛盾し、対立することが少なくない。機械の出力、回転数、単位重量当りの出力、信頼度など、個々の指標ごとに比較することは容易である。しかしそれらを全体として評価することは、それほど容易なことではない。労働生産性が高くとも、信頼性に欠ける機械はよい機械とはいえない。安全性に欠けていたり、周囲に有害物質をまき散らしたり、騒音を発するような技術設備は、労働生産性がいかに高くとも優れた技術とはいえないからである。同種類の技術的手段については、適切な指標(基本的指標)を設定することによって技術水準を評価しやすいのであるが、それでも以上のような問題を含んでいる。

 現代の社会的生産諸活動においては、諸産業の多面的な発展によって、各種の特性をもった機械や装置が数多く配置され活用されている。

 たとえば原動機についてみれば、発電用、舶用の巨大出力のものは蒸気タービンが主力であり、内燃機関としては、ガソリン機関、ディーゼル機関ガスタービンが、その特性に応じて利用され、各種の特性をもつ電動機が、さまざまな分野で重用されている。単位出力の大きさは動力技術水準の一つの評価基準である。しかし、小型機械に取り付け可能な超小型モーターの出現が、機械化・自動化の新しい局面を開いたことは無視できないことである。

 技術の諸分野は、互いに機能上の連関をもって、トータルな技術体系として存在しているが、技術の歴史的発展段階の基本的指標として何をとるべきかについては、さまざまな主張があって、まだ十分解明されていない。技術水準は、本来的に、比較のための概念である。しかし比較のための尺度が一つだけではないということが、技術水準比較の方法と評価の多様性を生み出しているのである。

[大谷良一]

技術水準の国際比較

技術水準の国際比較は、経済学の分野を中心に、さまざまに試みられている。その背景には、各国間の経済競争が激化するなかで、一国の経済政策(科学技術政策を含む)の立案に際して、技術水準の評価、つまり国際比較が欠かせなくなっている事情が存在する。

 同時に、今日の世界経済は、さまざまな分野で、国際的な相互依存関係を深めている。先進国、後進国(開発途上国)を問わず、他の国々の技術発展、経済発展を考慮せずに、自国の枠内のみで経済発展を実現することは、もはや不可能な時代になっている。

 第二次世界大戦後の特徴的な経済社会現象の一つは、国際連合を中心として、発展途上国への先進国からの技術援助経済援助が制度的に確立され、強化されてきたことである。このことは、一面で先進国の経済進出、支配という側面をもつとともに、国際的相互依存関係の深まりを示すものである。

 このような時代において、技術水準の国際比較は、技術の現状の対比のみにとどまることはできない。すなわち、技術開発の方向性と発展の速度を視野に入れなければならない。現代の技術発展は、技術開発研究の水準や教育の水準に大きく規定されており、教育・研究制度の社会的・文化的水準が技術進歩と経済発展の方向性と速度を規定する大きな要因の一つとなっており、それらを十分考慮しなければならない。

 明治維新以降の日本は、ヨーロッパ文明を手本にして、ヨーロッパ文化を学び、技術導入を国策とし、近代化、工業化を進めてきた。第二次世界大戦後も全面的な技術導入によって、今日の地歩を築いてきた。「ヨーロッパ、アメリカに追い付け」が、明治以来これまでの日本の国民スローガンであったといえよう。外国技術の導入を土台に、各企業が激しい競争を展開し、きめ細かい部分改良を積み上げ、その結果として経済大国といわれるところまで到達したのである。

 日本の国際競争力を技術水準に直結することは誤りであるが、技術水準が1970年代に大きく向上し、全体的にみれば欧米の水準に近づき、部分的には、それを超えたとも評価されるようになってきた。

 しかし独創的な技術開発という点では、多くの指標が、少なからぬ問題があることを示している。たとえば、先端技術(ハイ・テクノロジー)とよばれている分野では、基本特許といわれるような新分野をつくりあげた革新的な特許の多くが依然として欧米に依存し、各社が競合して外国の基本特許と関連特許の導入を行っている状況にある。技術貿易収支では、技術輸入金額が技術輸出金額をはるかに上回っている。

 科学研究においても、世界の主要な学術雑誌に掲載された質の高い学術論文の数において、日本はきわめて少ないと指摘されている。

 世界のいずれの国においても、技術革新は、それぞれの国の歴史的・社会的諸条件に規定されて進行する。したがって、あらゆる技術分野において一国が先頭を走るということはほとんどありえない。各国とも、その国のもつ条件を踏まえ、独自性を追求し、弱い分野を他国からの技術導入によって補強し、そうすることで全体的な技術水準を高めてきている。この独自性や独創性の意識的な追求が日本では弱いと指摘され続けている。

 1960年代、技術導入と自主技術の開発をめぐって、日本でさまざまな議論が闘わされた。外国技術の導入は、「切り花」にすぎないという説、あるいは、それは「接木(つぎき)」であるとする説、あるいは、自主技術の開発は時間が多く必要であるとしても「実生(みしょう)」によるべきであるとする主張など、さまざまな側面から論議が展開された。

 今日の時点で重要なことは、世界の技術進歩に貢献しうる独創的な技術開発を可能とする社会的・文化的基盤の形成ということであろう。

 日本の独自な自然的条件と、歴史的・社会的な条件とを踏まえ、日本の国民が必要とする技術の発展方向を見定めること、そのための社会的合意と社会的条件を民主的に築き上げることがきわめて重要であろう。国際的な、全人類的な共通課題をみつめながら、日本の歴史的・社会的条件が要求する技術課題に正面から取り組んでいくとき、そこに新しい発展の芽が生まれるといえよう。

[大谷良一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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