家庭医学館 「排卵誘発剤の知識」の解説
はいらんゆうはつざいのちしき【排卵誘発剤の知識】
卵子(らんし)が卵巣(らんそう)から排出(排卵)されるのを促進する薬を、排卵誘発剤といいます。一般には、月経不順や無月経、排卵障害が原因の不妊症の治療に使われますが、排卵がふつうにある場合でも、人工授精や体外受精のときに、妊娠率を上げる目的でもよく用いられます。
●排卵のしくみ
卵巣には、卵子を包んでいる卵胞(らんぽう)が20万個以上つまっています。ふつう、初潮から閉経までの間に、毎月1個ずつそれが成熟して、左右交互に排卵されます。
この調節には、脳の中の間脳視床下部(かんのうししょうかぶ)と脳下垂体(のうかすいたい)と卵巣とが、相互に関連しあっています。間脳の視床下部から黄体形成(おうたいけいせい)ホルモン放出ホルモンが分泌(ぶんぴつ)され、その刺激により脳下垂体から卵胞刺激ホルモンが分泌され、このホルモンが卵巣を刺激し、卵巣から分泌されるエストロゲン(卵胞ホルモン)が脳に作用して排卵がおこります。したがって、脳の間脳、下垂体系や卵巣に問題があると、排卵がスムーズにいかなくなり、無排卵の状態になって、妊娠も不可能になります。
実際に、不妊症の原因の3分の1が排卵障害と考えられ、排卵誘発剤は婦人科では必要不可欠な薬となっています。こうしたことから、その開発や投与方法に対する研究に多くの努力がなされています。
●排卵誘発剤の種類と効果
クエン酸クロミフェン製剤(内服剤) もっともよく使われ、副作用も比較的少なく安全性の高い薬です。その作用のしくみは、間脳にはたらき、黄体形成ホルモン放出ホルモンの分泌を促し、その結果、下垂体から分泌された卵胞刺激ホルモンが卵巣にはたらき、排卵をおこさせます。使用する人の状態によりいろいろな使い方がありますが、基本的には月経5日目から5日間内服します。
この薬の効果は、無排卵周期症や第1度無月経などの比較的軽い排卵障害では、70~80%の排卵率がありますが、頸管粘液(けいかんねんえき)の減少や、子宮内膜(しきゅうないまく)の発育が悪くなったりして、妊娠率は20%程度です。
この薬を用いて治療すると、多胎妊娠(たたいにんしん)が約4%にみられ、ほとんどがふたごです。妊娠した場合には、流産しやすいので、十分な注意が必要です。
hMG(下垂体性ゴナドトロピン)製剤(注射) 卵巣を直接刺激することによって排卵をひきおこす、現在ではもっとも強力な排卵誘発剤です。hCG製剤(ヒト絨毛性(じゅうもうせい)ゴナドトロピン)と一緒に使うのが一般的です(hMG‐hCG療法)。
クエン酸クロミフェン製剤で排卵しない重症の排卵障害や、体外受精の排卵誘発のときに使用します。排卵の効果は70%に認められ、妊娠率も40%程度です。
同時に多数の卵胞が刺激を受けるので、多胎妊娠や卵巣過剰刺激症候群(後述)などの副作用がおこる頻度が高く、十分に卵巣の反応をみながら使用します。また、筋肉注射のため通院が必要で、治療代も高価です。
●排卵誘発剤の副作用
hMG‐hCG療法を行なう場合には、以下の副作用が問題になります。とくに、35歳以下の若い人、やせ型の人、多嚢胞性卵巣症候群(たのうほうせいらんそうしょうこうぐん)(コラム「多嚢胞性卵巣症候群」)の人は、hMG製剤に対する感受性が高いので、注意が必要です。
■卵巣過剰刺激症候群(らんそうかじょうしげきしょうこうぐん)(OHSS)
hMG製剤を使用すると、同時に多数の卵胞が刺激を受けて発育してくるため、卵巣が腫(は)れてしまい、おなかに水がたまります。さらに重症になると胸にも水がたまり、血管の中の水分が不足するので、血液が濃くなってねばりけが増します。これは、血栓症(けっせんしょう)や呼吸困難、腎不全(じんふぜん)などをおこす非常にこわい副作用です。
しかし、OHSSをまったくなくすことは、hMGを使う以上不可能です。自覚できるOHSSのサインは、腹満感つまりおなかが張る感じや、下腹部痛、体重増加、腹囲増加、尿量や尿の回数の減少、口が渇く感じなどです。hMG製剤の注射をしているときは、たびたび体重を測り、スカートがきつく感じたら注意してください。軽いOHSSがおきてしまったら、卵巣が腫れ、下腹部痛、帯下(たいげ)(おりもの)の増加、腹満感、尿量減少などの症状がみられます。塩分を多めに摂取し、水分も多めに飲んで、安静にすることがたいせつです。また、外来で超音波エコー、血液検査を行ない、重症の場合は入院が必要です。
月経がくればすみやかによくなりますが、妊娠した場合は、妊娠6週~8週くらいまで重症の状態が続きます。
■多胎妊娠(たたいにんしん)
排卵誘発剤の副作用として問題なのが、同時に多数の卵胞が発育し排卵することによっておこる多胎妊娠です。
多胎妊娠やその分娩(ぶんべん)は、母体合併症、早産(そうざん)、低出生体重児(ていしゅっしょうたいじゅうじ)、新生児死亡、後障害など、母子ともに産科的問題をおこしやすく、精神的、経済的に大きな負担になります。
近年、排卵誘発剤の頻用や体外受精などの補助生殖医療の普及にともない、多胎妊娠の発生頻度は増加し、とくに品胎(ひんたい)(三胎(さんたい)、三つご)、四胎(したい)(四つご)以上の妊娠の増加が問題になっています。
各排卵誘発剤による多胎の発生頻度は、クエン酸クロミフェンでは4.5%で、そのほとんどが双胎(そうたい)(ふたご)妊娠であり、四胎以上はなく、自然排卵による多胎妊娠率と比べると、5~6倍の発生率といわれています。
また、hMG製剤(hMG‐hCG療法)による発生頻度は、20~30%と高く、その内訳は、双胎が20%、品胎が4%、四胎が1.8%、五胎が0.5%といわれます。これはおおまかにいうと、hMGで妊娠した5人に1人が多胎妊娠となり、そのうちでも品胎以上が約3分の1を占めるということになります。現在のところ、排卵誘発剤による多胎妊娠を防止する確実な方法はありませんが、卵胞の発育状態を十分に観察し、使用量を可能なかぎり少なくするように注意が払われています。
排卵誘発剤は不妊症治療にとってきわめて有用度の高い薬剤であり、不妊に悩む夫婦に大きな福音となっています。しかし副作用も多いので、その有効性と副作用を十分に理解したうえで治療を受けることがたいせつです。