中世に私的な争いで,戦いをしかけることとそれを防いで戦うことを,〈故戦防戦〉と称した。1346年(正平1・貞和2)12月13日の室町幕府の裁判例,〈諸国狼藉条々〉の中の〈故戦防戦事〉という項に,〈たとえ,確論の宿意があっても,上訴(幕府裁判所に提訴すること)を経て裁断を仰ぐべきのところ,雅意に任せて闘殺に及ぶ者は其の科遁れがたし。所詮,故戦においては,本訴の道理を懐くと雖えども,濫吹の罪責遁るべからず,(中略)今後は固く禁止する。もし,それにも拘らず,これに違反する者は法令に基づき,総ての所領を没収し,遠嶋刑に処す。(中略)防戦者は領主権が承認されていない者は,故戦と同罪,もし領主権があって,正当な権限が認められた者は,事情によって沙汰がある〉とある。この故戦防戦の条令は,この前後にほぼ同趣旨のものが数ヵ条ある。
元来,所領をめぐる紛争は単なる喧嘩と区別され,自力救済として正当な実力行使と認められていた。このことは,洋の東西を問わず,どの人間社会にも認められる。その理由は,所領紛争の当事者は土地を支配する者であり,そこには成員の生存を保障する〈家〉集団の機構があった。したがって,所領をめぐる多年の抗争によって生ずる怨念は深く,その敵は〈故敵〉(理由のある敵)であり,また〈古敵〉(累代の敵)でもあった。当時の社会では,訴訟・裁判が紛争当事者を十分納得させるだけの手段ではなく,私戦(自力救済)が現実に大きな力を有していた。だから紛争があった場合には,幕府の意思にもかかわらず,私戦を選ぶか,幕府主宰の法廷に持ち込むかは,自由な選択であった。権利が侵害されたとき,力ずくで回復することは,侵害された権利の奪回にすぎず,私的復讐(喧嘩)とは外形を同じくしていても法史上は区別されていた。すなわち狭義の自力救済は権利の単純な実現だけを目的とし,秩序ある司法制度と調和する歴史をもっていたのである。
ところが,鎌倉・室町両幕府はこうした自力救済を禁止する法令を作った。これが〈故戦防戦事〉の項である。幕府にとっては秩序の安定をはかることこそ政治的支配であり,生存の保障をすることでもあった。だから幕府による権利存在の認定にもかかわらず私的実力行使をするのは,権力に対する反逆行為なりとされた。しかし,この故戦防戦を厳禁することによって,争いが終結するわけではない。その時点での社会通念上,争闘する両当事者間に権益の均衡が保たれたと判断される状態の現出によって終結するのである。このように衡平が保たれたところで終わるというのは,自力救済本来の性格そのものと一致するということができる。
執筆者:辻本 弘明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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