中世法(読み)ちゅうせいほう

改訂新版 世界大百科事典 「中世法」の意味・わかりやすい解説

中世法 (ちゅうせいほう)

日本ではおよそ11~12世紀から16世紀までの間に現れた国家法および個別の団体法の総体をいう。

11~12世紀ごろ,古代国家が解体し,代わって王朝国家が姿を現すと,形骸化した律令法に代わる新しい法体系が成長して,王朝国家を支えることとなる。公家法とよばれるものがそれである。ただ公家法は,律令法のように大規模な法典の制定によって一気にその骨格ができ上がったのではなく,律令法に対する部分的改廃や新しい解釈による実質的な修正などによって,律令法を空洞化し,漸次新しい根を張っていく長い過程を経て,形成されたのであった。次に古代国家の衰退過程において,荘園制とよばれる社寺権門の大土地所有制が発展すると,荘園領主たる本所(ほんじよ)は荘民に対する裁判権を国家から認められて,法廷を用意し,あるいはみずから法を制定し,あるいは荘園内に生まれた法慣習を採用して,荘園支配に備えた。これら荘園領主によって荘園支配のために創出・利用された法の総体を本所法とよぶ。ついで12世紀の末,鎌倉幕府とよばれる武士の政権が,形式的には王朝国家の分肢として,東国を主要な基盤として成立し,急速な発展をとげると,武士団体の長い成長の歴史の中で生み出された武士社会固有の法慣習に,公家法・本所法を部分的にまじえて,鎌倉幕府を支える新しい法体系が形成された。これを鎌倉幕府法とよぶ。さらに14世紀に室町幕府が成立すると,前代の法はこの幕府に引きつがれて,新たな発展をとげた。他面,鎌倉・室町幕府の構成分子たる大小の武士団の中には,置文(おきぶみ)・家訓(かくん)・家法(かほう)などを定めて家の生命の維持発展を図るものが多く,やがてこれらの家の規約を根幹として,領主法的性格を加えた家法が現れるようになった。これら武士政権の国家法たる鎌倉・室町幕府法および武士団の家法の総体を武家法とよぶ。また宗教界では,個々宗門,大小多数の寺院が各僧団の宗教的生命の維持を目的として種々の制法を定めた。これが寺院法であって,その数量は膨大なものがあり,その内容は,僧団成員の純然たる戒律のほかに,僧団の組織規定,僧団と外部の接触・交渉や成員の物質生活面に関する規制,寺院経済に関する規制等,多岐にわたっている。

 以上のほかに,商品の生産・流通・販売等に特権をもつ座(ざ),供御人(くごにん)等の座法,演技上の特権や技芸伝授の秘匿性を主内容とする諸芸能の座法,また主として16世紀以降の畿内および周辺地域に見られる地縁共同体の村掟・町掟等がある。

古代国家の解体のあとに現れた王朝国家においては,中央貴族の各氏が,中央官庁内の個別特定の官司を家業として請負的に運営するという,特徴的な政治機構運営方式に象徴されるように,最も価値ある体制概念は,第1に家業であり,第2に家業連合体としての職能団体であった。王朝国家の内部に生まれた荘園領主権力たる本所においても,また,王朝国家におくれて出現した鎌倉幕府およびこれを継承した室町幕府においても,この点は基本的に同じであった。中世法の特質が,上記の2点と照応して,家と団体の維持の理念に導かれて形づくられたのは,自然の帰趨であったということができる。もう一つ,上記の理念と深く関係して,おそらく集権的統一的国家理念の後退,私的土地所有の発展によって培われたと考えられる私有財産および私権重視の理念がある。

まず家の維持について見ると,家訓・置文・家法を定めて家の永続を図るのは,さきに述べた武家だけの現象ではなく,王朝貴族の各層にも広くかつ早くから見られたところであって,ことに王朝貴族は官司請負制の中心的担い手であっただけに,彼らの家法の多くには,家業と一体化した家産の維持が主要な課題として盛りこまれている(例えば,摂関家の一である九条家の置文,弁官局の書記部門いわゆる官務を家業とした壬生(みぶ)家の家法)。次に家と国家権力との関係を武家法について見ると,一家一門内部を規制する権限は家嫡・惣領が握っていて,幕府権力の介入を許さないのが原則であった。家督相続に際して,数人の子のだれを家督に選ぶか,財産を分割譲与するに当たって,相続人の選定,相続分の多少をどうするか,すべては被相続人の意のままであって,女子を家督に選ぶことも,幕府に忠勤奉公する長男を財産相続からはずすことも,ほとんど被相続人の自由であった。

 次に,法の内容に立ち入っていえば,家業を継がせる目的で養子を迎える場合には,律令の規定で禁じられた身分の者でもかまわないとか,同様の目的で迎えられた養子は,律令の規定に反して,養父の遺産を独占的に相続することができるなどは,家業継承を第一義として,律令法を積極的に廃棄した公家法の典型的な事例であり,女子が父から譲り受けた財産が婚姻によって婚家に流れることを防ぐために,女子に対する財産譲与に一期分(いちごぶん)(死去の後は実家の惣領に返還する)の条件を付けるとか,妻が夫と死別した後で他家に再婚する場合は,前夫から譲られた財産を持参してはならないなどの制限規定や,罪によって没収された所領について,被没収者の同族・子孫には,後日(ときには数十年から100年に及ぶ長年月の後)これの再給付(返還)を求める権利が留保されている(潜在的闕所(けつしよ)回復権)とする法慣習などは,家産の流出・減少を防ぎ,ときにはいったん流出したものの再取得をも可能にする武家法の具体例である。

第2の団体維持の理念については,さきにも挙げた商品関係の座法,芸能関係の座法,地縁共同体の掟,宗門・僧団の制規などに明らかなように,中世社会では団体への帰属意識が強く,勢い,団体の成員と非成員との間に厳然たる身分の壁を設けて(ときには,その中間に准成員の身分を設けることもあったが,その場合も准成員は成員身分に近く,非成員との間の身分の壁は厚かった),成員の特権を守ることによってその団体を維持しようとする傾向が強かった。団体規約の多くに,犯罪に対する罰条として,成員身分の剝奪(はくだつ)(擯出(ひんしゆつ)),地域からの追放が定められているのはそのゆえであり,とくに追放刑が本所法・武家法にとり入れられて,中世の刑罰体系の中心に位置づけられたのは,中世社会に根強い団体への帰属意識のあらわれであったと思われる。

次に私有財産および私権の重視については,第1に私的土地所有権の発展,具体的には(しき)と知行(ちぎよう)の概念の展開がある。もともと土地所有権概念としての職は,王朝国家の官司請負制の発展の中で形成された職務の執行と職務利益の収取との一体化という現実から生まれたものである。土地所有権も権利の存在だけでは十全でなく,権利の行使(職の知行)があって初めて権利は完全であるとする法的認識が一般化し,やがて,長年月に及ぶ土地の事実的支配は,その土地の上に眠る権利(現実に行使されない権利)に優越するという認識とその慣習化(いわゆる年序(ねんじよ)の法)が行われた。これを受けて鎌倉幕府法の知行年紀法(20年以上土地の事実的支配を継続すれば,ただそのことによって新しい権利が取得される),不知行年紀法(20年以上土地所有権の行使を怠れば,そのことによって権利そのものも無効となる)などが成立し,これらの年紀法は,多少の年月を経て公家法,本所法にあるいはそのまま,あるいは形を変えてとり入れられた。

 第2に私有財産重視の一つの表現として財産刑の盛行がある。律令法では,一定の条件下で金銭をもって実刑に換える贖銅(しよくどう)の法はあったものの,財産没収は謀反・大逆などの重罪以外には認めないとされていた。しかし公家法では,検非違使庁(けびいしちよう)で法の解釈・運用に当たった明法(みようぼう)家によって贖銅法が多用されるようになったほか,本所法・武家法において財産とくに所領(しよりよう)没収の刑が広く行われるようになり,ここに没収刑は追放刑と並んで,中世の刑罰体系の中心に位置づけられたのであった。

 第3に私権保護のための訴訟法の発達がある。王朝・幕府の分立,統治権の部分的委譲を得た多数の本所の存在,このような権力状況と対応して,公家法・幕府法・本所法が並存し,それぞれ固有の法圏をもち,法廷を用意したことが,競合と相互刺激による訴訟法の発達を促したことは否むべくもないけれども,やはりその根底には私権保護,むしろ私権の所有者がみずから私権を護るという私権防衛の思想があったことを重視しなければならない。土地所有権に関する訴訟手続においては,当事者,主として訴人が主体的に行動しなければ(つまり裁判機関まかせでは)手続は進行しないという当事者主義が貫かれていた。さらに刑事訴訟においても〈獄前に死人ありとも,訴なくば検断なし〉(1385年の文書)という法諺がいみじくも語っている,当事者(被害者側の告発)なしには裁判はないという弾劾主義が,中世法の基本原則であった。またこのことと表裏して,質入・貸借等の債権関係の争訟に対して権力側は概して冷淡であって,解決は多く当事者に任されるとか,刃傷・殺害等の刑事問題についても一定の制限下で,やはり解決が当事者にゆだねられるなど,いわゆる自力救済が,法の世界で広範に認められていたことに注目しなければならない。

 終りに,原始的法意識の表出として,罪を穢れとする観念にもとづき,穢れを除去することに刑罰の意味を認める,種々の刑罪態様,あるいは被害者の苦痛の回復に刑罰の目的を求める復讐や同害刑などがあって,中世法の特質の一つに数えられる。しかしこのような現象が律令以前の原始的法意識の復活であるのか,はたまた律令制下にも潜在的に生き続けたものの露頭であるのか,問題は今後に残されている。
中世社会
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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