風葉和歌集(読み)ふうようわかしゅう

日本大百科全書(ニッポニカ)「風葉和歌集」の解説

風葉和歌集
ふうようわかしゅう

鎌倉時代に編纂(へんさん)された物語歌集。20巻のうち末尾二巻を欠く。1271年(文永8)後嵯峨(ごさが)天皇の中宮(ちゅうぐう)であった大宮院を受けて撰進(せんしん)したもの。撰者藤原為家(ためいえ)かといわれる。当時つくり伝えられていた物語の和歌を選び、勅撰和歌集の体裁に倣って四季、恋、雑(ぞう)に分類配列する。現存18巻でいえば、物語数にして約200編、和1418首を収める。内訳は、現存する物語24編、名の知られる散佚(さんいつ)物語174編で、平安時代から鎌倉時代にかけての物語の研究に貴重な資料を提供する。

 歌数の多い順では『源氏物語』180首、『うつほ物語』110首、『狭衣(さごろも)物語』56首となっており、その多寡により物語が長編か短編か、傑作か否かの見当がつけられる。また、詞書(ことばがき)、詠(よ)み人名(びとめい)、和歌から、登場人物や作中場面が想像されるわけで、散佚物語の粗筋の復原や、物語相互の類似場面の比較、和歌の影響関係の調査をあるところまで可能にする資料である。

[三角洋一]

『中野荘次他著『増訂校本風葉和歌集』(1970・友山文庫)』『久曽神昇他編『物語和歌総覧 本文編』(1974・風間書房)』『『新編国歌大観Ⅴ』(1986・角川書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「風葉和歌集」の解説

風葉和歌集
ふうようわかしゅう

鎌倉時代の物語歌集。もと 20巻。現存本は末2巻を欠き,18巻。文永8 (1271) 年大宮院よし子 (後嵯峨院皇后,後深草院,亀山院母后) の下命により選ばれた。撰者は不明であるが,一説藤原為家という。作り物語の和歌 1400首余を選び,その物語中で詠まれた場面など詞書風に記し,物語中の作者名をも掲げたものを,勅撰和歌集にならって部立して収録。対象とされた物語は『宇津保物語』『落窪物語』『源氏物語』『狭衣物語』『寝覚物語』『浜松中納言物語』など約 200編で,そのうち約 180編近くは散逸したとみられ,散逸物語の研究上きわめて重要な資料となっている。

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百科事典マイペディア「風葉和歌集」の解説

風葉和歌集【ふうようわかしゅう】

鎌倉中期の歌集。20巻。編者未詳。後深草,亀山両天皇の母親である皇太后藤原【よし】子(よしこ)(大宮院)の命により,平安時代から鎌倉初期までの作り物語の中の和歌を選び,勅撰集にならって作者名と詞書を付し分類配列されたもの。1271年成立。歌数約1400。当時存在した物語約200種から選び出されているが,そのほとんどが散佚した物語で,平安・鎌倉期の物語研究の重要資料ともなっている。
→関連項目堤中納言物語我身にたどる姫君

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精選版 日本国語大辞典「風葉和歌集」の解説

ふうようわかしゅう フウエフワカシフ【風葉和歌集】

鎌倉中期の私撰和歌集。二〇巻だが現存のものは末尾の二巻を欠く。編者未詳。藤原為家説が有力。文永八年(一二七一)成立。後嵯峨院中宮姞子の下命による。平安時代から鎌倉初期までの二百余の物語中から歌を抜き出し、作者名、詞書を付し、形式体裁を勅撰和歌集に模して編纂したもの。総歌数一四一八首。「源氏物語」「宇津保物語」「狭衣物語」などの歌が多い。散逸した物語の名称、内容を知る資料として、物語研究の上での価値が高い。

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デジタル大辞泉「風葉和歌集」の解説

ふうようわかしゅう〔フウエフワカシフ〕【風葉和歌集】

鎌倉中期の歌集。20巻。現存本は末尾2巻を欠く。藤原為家撰か。後嵯峨院中宮姞子(よしこ)の命により、文永8年(1271)成立。平安時代から鎌倉初期までの作り物語の中から、和歌約1400首(現存本)を選び、作者・詞書を添え、勅撰集にならって分類したもの。

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世界大百科事典 第2版「風葉和歌集」の解説

ふうようわかしゅう【風葉和歌集】

鎌倉時代の歌集。後嵯峨院の中宮で,後深草・亀山両天皇の生母であった皇太后藤原姞子(よしこ)(大宮院)の下命により,1271年(文永8)に成る。平安・鎌倉時代の作り物語から歌をえらび出し,勅撰集の部立にならって配列した歌集。現存本は,仮名序および春(上・下),夏,秋(上・下),冬,神祇(じんぎ)釈教,離別羇旅(きりよ),哀傷,賀,恋(1~5),雑(ぞう)(1~3)の18巻1418首から成るが,原形は20巻1500余首であったと推定される。

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世界大百科事典内の風葉和歌集の言及

【散佚物語】より

…現在知られているものは約240種に及ぶ。それらについての最大の資料は1271年(文永8)に成った《風葉和歌集》で,当時存在した約200種の物語から歌を取っているが,その中の180種近くの物語が散佚している。1467年に始まった応仁の乱で京都が長く戦場となっていたころにでも滅んだのであろう。…

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