紀元前後のユダヤ教,キリスト教の終末論的色彩の強い一群の文書。〈黙示〉は《ヨハネの黙示録》の表題として初めて出る表現で,神によって開示された秘密を報告する文書を意味する。一般に黙示文学と呼ばれる文書群は,様式の点で一定しておらず(幻の報告,預言,勧告などを内容とすることが多い),また各文書間に思想内容のズレがある。それゆえ,黙示文学の範囲については,学者の意見は分かれる。だれもが黙示文学と認める最初の独立文書は,旧約聖書中の《ダニエル書》(前2世紀中ごろ)である。しかし,すでにそれ以前に比較的短い同種類の文書が書かれ,旧約の《イザヤ書》《ゼカリヤ書》などの一部になっている。最近は〈第3イザヤ〉(《イザヤ書》55~66章。前6世紀末)の主要部分を初期黙示文学とする見解もある。これらの小文書は大部分が象徴的記述に終始しており,他方,前5~前3世紀のユダヤ史には不明の点が多いため,その内容を歴史事実と結びつける手がかりは乏しいが,現実肯定的なエルサレムの貴族祭司に対する批判的立場から書かれていることはほぼ確実である。この点は《ダニエル書》では明白である。それは統治者シリアのアンティオコス4世のヘレニズム化政策に迎合的な貴族祭司を批判し,伝統的信仰に生きる人々を励まそうとしている。ユダヤ教黙示文学としては,このほか《エチオピア語エノク書》《エズラ第4書》《シリア語バルク黙示録》が代表的である。後1世紀のユダヤ戦争の敗北後,ユダヤ教内部では,性急な神の支配待望が破滅を招いたとの反省から,それを助長しかねない黙示文学はしだいに遠ざけられた。現存のユダヤ教黙示文学はほとんどすべて,キリスト教会により伝えられたものである。他方キリスト教では1世紀末の《ヨハネの黙示録》が最初の独立した黙示文学であるが,黙示思想の影響はきわめて早い時期から認められ,新約聖書中に痕跡を残している。
黙示文学は通常,旧約の著名な人物の名まえを借りて書かれた。ユダヤ教では,預言活動はおよそ前5世紀以後休止状態に入ったとの通念があった。偽名の使用は,この状況の下で預言的文書を公にするための一手段であった。また,この形の場合〈著者〉から実際の執筆時までのできごとも預言の中に組み入れられるので,本当の預言部分に対する読者の信頼度を間接的に高めることが期待できた。黙示文学の主内容は通常〈著者〉の見た幻の報告である。〈幻〉は将来的,超自然的事柄の記述を可能とするための文学的手段であり,実際の体験の報告とは限らない。幻の中では,獣,自然現象などの表象が多用される。それらはそれぞれ象徴的意味を持つ。また,特定の数が重要視されることが多い。
黙示文学の開示する秘密には天上界,宇宙のしくみなどに関するものもあるが,中心は歴史,ことに終末に関するものである。それは今の世,来るべき世の二元論を特徴としており,かつ,今の世から来るべき世への転換をもたらす終末の到来は間近いとする。他方,黙示文学には人間界に関する二元論がある。ユダヤ教ではユダヤ人対異邦人の図式が伝統的であるが,黙示文学はさらに,ユダヤ人内部に義人と罪人の別を見る(キリスト教黙示文学の場合は,忠実な信徒とそれ以外の者の別)。これら二つの二元論的見方は互いに関連している。すなわち,今の世では罪人が支配し,義人は苦難を強いられているが,終末に際し神により〈最後の審判〉が行われ,両者の運命は逆転し,悪人は滅ぼされ,義人は新しい世での至福の生活に入れられる。なお,終末時にはすでに死んでいた義人が復活して永遠の生命を与えられる,ないしは,義人も罪人も皆復活して審判を受けるとされる。黙示文学の主内容はこのように一種の救済論であるが,メシア的存在は必ずしも必要とされていない。
→終末論
執筆者:佐竹 明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
紀元前2世紀から後1世紀ごろ、ユダヤ教やキリスト教に普及した宗教文学をいう。「黙示」とは「幻」visionと訳されるが、原語のギリシア語動詞アポカルプトーは、覆いを除いてあらわにすることを意味している。その背景には、天上界の秩序、とりわけ将来のできごと、この世の終末が隠された秘密に属している、という考え方が基本にある。古代ユダヤ教ならびに初期キリスト教において、黙示文学とよばれる特殊な文学形式が人々の間に好んで取り上げられたのは、この世の終わりに関する秘密を明らかにし、神の支配の実現と悪霊の破滅を、さまざまな暗喩(あんゆ)を駆使し、写実的、絵画的に描き出す手法としてであった。ユダヤ教の場合、黙示文学は早くから預言と密接に結合し、たとえば「イザヤ書」24章から27章にみられる断片として伝えられているが、もっとも完結した作品としては「ダニエル書」をあげることができる。これは、前165年、シリアのアンティオコス4世Antiochus Ⅳ(前175~前163)の迫害に反抗して起こったマカベア革命の際に書かれた代表的なユダヤ教黙示文学である。初期キリスト教の黙示文学、たとえば「マルコ伝福音書(ふくいんしょ)」13章や「ヨハネ黙示録」が、ユダヤ教黙示文学の強力な影響のもとに成立したことは指摘するまでもないが、当然のことながらユダヤ教にはみられない、いくつかの特徴があげられる。とりわけ、この世の終末をめぐるできごとの描写のなかに、新たにキリスト再臨の大いなる預言とその成就(じょうじゅ)のしるしが圧倒的な比重をもって登場するが、それは初期キリスト教徒の抱いた「幻」がいかに大きく激しいものであったかを物語っている。
[山形孝夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…1世紀末のキリスト教黙示文学。新約聖書中の一書で,その最後に置かれる。…
※「黙示文学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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