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日像 にちぞう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日像
にちぞう

[生]文永6(1269)
[没]興国3=康永1(1342).11.
鎌倉時代の日蓮宗の僧。7歳で出家。兄の日朗に従って身延山に登り,日蓮から経一麿の名を授かった。日蓮の没後剃髪して日像と称し日朗に仕えていたが,のち日蓮の遺跡を巡拝。永仁2 (1294) 年京都に出て法華宗を宣揚した。諸宗僧徒に憎まれ3度京都を追われたがそのたびに許され,嘉暦1 (1326) 年京都における日蓮宗の最初の寺院妙顕寺を創設,のち後醍醐天皇から寺領を賜わり,勅願寺に列した。著書は『秘蔵集』『宗旨弘通鈔』『法華講式』『本尊相承』など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

日像 にちぞう

1269-1342 鎌倉-南北朝時代の僧。
文永6年生まれ。日蓮宗。四条門流の祖。下総(しもうさ)平賀(千葉県)の人。日朗,日蓮に師事。日蓮の遺命により京都布教につとめたが,他宗の圧迫により3度京都を追放される。元亨(げんこう)元年京都に妙顕寺をひらき,建武(けんむ)元年同寺は勅願寺となった。康永元=興国3年11月13日死去。74歳。俗姓は平賀。通称は肥後阿闍梨(あじゃり)。号は竜華寿院。著作に「法華宗旨問答抄」「本尊相承」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

日像

没年:康永1/興国3.11.13(1342.12.11)
生年:文永6(1269)
鎌倉後期の日蓮宗の僧。日蓮宗最初の京都弘通(布教)を行い,妙顕寺を拠点に教団発展の礎を築いた。京都妙顕寺開山,肥後房,肥後阿闍梨と号す。下総国(千葉県)平賀氏の出自。7歳で日朗に師事。のち身延の日蓮の弟子となり経一丸を賜り本尊を授与される。日蓮の滅後,肥後房日像と名乗り日朗のもとで研鑽。永仁1(1293)年,日蓮の遺命を奉じて京都布教を決行,日蓮の遺跡を巡拝しつつ北陸を経て同2年に上洛した。その途次,能登の真言僧を帰伏させ日乗と名乗らせた。上洛後,京都の有力町衆を信徒と化したが,叡山などの圧力も強まり,徳治2(1307)年の土佐配流をはじめとし翌3年の紀伊流罪,元亨1(1321)年の洛内追放に至る3度の弾圧を受けた。これを三黜三赦と呼んでいる。 その間,迫害にめげず延慶4(1311)年に綾小路大宮に造営していた法華堂を元亨1年に今小路に移して妙顕寺を開創。元弘3(1333)年,護良親王の令旨により後醍醐天皇の京都還幸を祈り,翌建武1年に妙顕寺を勅願寺とするという後醍醐天皇の綸旨を得た。東国だけの小教団は,ここで,中央政府の公認を受けた。次いで建武3(1336)年には,室町将軍家・北朝光厳院の祈祷所となるなど,妙顕寺は公武社会に不動の地位を占めた。暦応4(1341)年,光厳院の院宣を受け寺地を四条櫛笥西頬に賜って,妙顕寺をそこに移転。妙顕寺の流れを四条門流と呼ぶゆえんである。康永1(1342)年後事を弟子大覚に託し入寂。延文3(1358)年大覚の祈雨により,日蓮に大菩薩,日朗,日像に菩薩号を賜った。<参考文献>立正大学日蓮教学研究所編『日蓮教団全史』上

(佐々木馨)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

にちぞう【日像】

1269‐1342(文永6‐興国3∥康永1)
鎌倉・南北朝期の日蓮宗の僧。肥後阿闍梨(あじやり),肥後房ともいう。日蓮宗を最初に京都にひろめ,京都妙顕寺開山。下総国平賀(千葉県)の豪族平賀忠晴の子。1275年(建治1)日朗の門に入り,のち身延に登って晩年の日蓮に師事して行学に励んだ。日蓮臨終のとき,京都弘通(ぐづう)と宗義の天奏を委嘱され,ついに94年(永仁2)宿願の上洛弘通を開始した。しかし,その初期は山門などの反発が激しく,朝廷から3度も洛外追放の処分を受けた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

にちぞう【日像】

1269~1342) 鎌倉末期の日蓮宗の僧。七歳で出家して日蓮・日朗に師事した。のち京都に出て宗旨を広めたが、三度追放された。1321年京都で最初の日蓮宗寺院の妙顕寺を開創。通称、肥後阿闍梨。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日像
にちぞう
(1269―1342)

鎌倉末~南北朝時代の日蓮(にちれん)宗の僧。下総(しもうさ)国(千葉県)の人。日蓮の孫弟子で肥後阿闍梨(ひごあじゃり)と号し、日蓮宗が京都に進出する端緒を開いた。7歳のとき日朗(にちろう)に従って出家し、身延(みのぶ)に隠棲(いんせい)した日蓮のもとで修学する。1293年(永仁1)に日蓮の遺志を継いで京都伝道を志して出発し、北陸を経由して入洛(にゅうらく)。京都では、柳酒屋仲興(やなぎざかやなかおき)らをはじめとする新興の商工業者に教えを広めたが、三度にわたって追放の憂き目にあう。しかし、建武(けんむ)新政の動乱の渦中にあって、洛中に構えた妙顕寺は、後醍醐(ごだいご)天皇の綸旨(りんじ)によって勅願所となり、さらに足利(あしかが)将軍家の祈願所となる。弟子の大覚が山陽地方に伝道したのをはじめ、教線は畿内(きない)と周辺部に広がり、京都日蓮宗の発展の礎(いしずえ)を築いた。[中尾 尭]

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367日誕生日大事典の解説

日像 (にちぞう)

生年月日:1269年8月10日
鎌倉時代後期;南北朝時代の日蓮宗の僧
1342年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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