日本的経営(読み)にほんてきけいえい

改訂新版 世界大百科事典 「日本的経営」の意味・わかりやすい解説

日本的経営 (にほんてきけいえい)

いかなる経営体も,それ自身の歴史と個性とをもっている。したがって,日本の経営といっても,その実態は多様である。しかし,これら日本の経営を全体として眺めると,諸外国の経営とは大きく異なるいくつかの特徴が認められる。このような見方に立って,日本の経営の間に顕著に認められる経営方式が問題とされるようになり,〈日本的経営〉という言葉が,近年盛んに使われるようになった。しかし,この言葉は,当初から規定された学術用語として登場したわけではなく,日本の経営の諸特徴を漠然と指すのに便利な言葉として使われることが多かったために,論者によって使い方,内容は大きく異なっている。しかし,近年になって日本的経営の研究が進展し,その基本的な構造や諸機能についての理論的解明が進むにつれて,この言葉の意味する内容はしだいに豊かなものとなりつつある。

経営の日本的な特徴を何に求めるかは,その経営が問題にされる場合の関心に規定される。そして,この関心のあり方は時代とともに変化してきた。その初期には,〈先進的〉なアメリカモデルを普遍的な原理に立つ規範モデルと考えて,それとの対比で日本的経営の後進性が問題とされることが多かった。労使関係論の専門家や一部の経営学者を中心として,日本的経営,日本的労使関係の前近代性が問題とされ,あるいは日本の現実をいかにしてアメリカ的管理に近づけるかといった関心がもたれていた。また実務界からも,しばしば能力主義強化(能力主義管理)のキャンペーンが行われ,年功制年功的労使関係)に対する攻撃が行われた。そうしたなかで,社会学出身の間宏らごく少数の研究者が,イデオロギッシュな立場を離れて,日本的経営の現実を冷静かつ分析的に把握しようと努めていたのである。

 このような風潮は日本経済の発展に伴ってしだいに変化した。ことに1960年代から70年代の初めにかけてみられた日本経済の高度成長期は,ひとつの大きな転機となった。この時期に,日本的経営を見直そうとする動きが急速に高まった。こうした傾向は,一部海外のジャーナリストの間ではすでに1960年代に現れていたが,日本の研究者のなかでは,津田真澂らがいち早く日本的経営擁護の立場を打ち出している。その立場は,日本的経営といわれるものが,日本的な社会関係や日本人の価値観,ものの考え方などの心理傾向に適合しつつ,長期の歴史的変遷を経て形成された一つの適応形態であり,日本の社会ではそれなりの機能性を発揮するものとみて,その基本構造および機能を社会的・文化的基盤との関係で分析すべきことを主張するものであった。

1973年の第1次石油危機とそれに続く低成長時代には,批判派は影をうすくし,代わって日本的経営に対する二つの分裂した関心が現れてきた。その一つは,終身雇用制と〈水膨れ〉体質との矛盾,年齢構成の高度化に伴う給与負担の増大・管理職ポストの不足と年功制との衝突など,低成長時代に日本の経営体が直面しはじめた諸困難への対応についてである。いま一つは,日本的経営に対する海外での高い評価・関心を反映した,日本的経営の海外適用可能性についての論議である。こうしたなかで,日本の諸経営体がその当面する諸困難に柔軟に対応しえたこともあって,やがて日本的経営の賛美論へと傾きはじめ,一時期フィーバーといわれるほどの日本的経営ブームが現出した。

 しかし,1980年の中ごろからこうした日本的経営ブームに対する一種の反動が起こり,日本的経営論批判の動きが活発化した。これらの批判論にもさまざまなものがあり,(1)日本の経営は世にいうような顕著な特徴をもつものではなく,その差は,よしあったとしても,程度の差にすぎないとするもの,(2)各国の経営形態にそれぞれ特徴があるのはむしろ当然であるが,日本的経営論が,日本の経営の特殊性にばかり目を向けていて,普遍的な枠組みに依拠していないと批判するもの,(3)従来の日本的経営論の対象が偏っていて,それが主として社会的・文化的側面しかとらえていないこと,その結果,それが経営の諸側面・諸機能を全体的にとらえていないとする批判,などがある。こうした批判の過程を経て,浅薄な日本的経営ブームは沈静化に向かい,今日では,日本的経営についての関心は,再び真摯(しんし)な学問的関心へと回帰しつつある。

このような変化の過程を反映して,日本的経営なるものの特質のとらえ方およびその意味づけにも変化がみられる。すなわち,アメリカ・モデルが規範とされた初期には,丸がかえ的な終身雇用制や年功制が批判され,能力主義への移行の必要が説かれている。これに対して,日本の経営が見直された初期の段階では,逆に終身雇用制,年功制,企業別組合が〈三種の神器〉としてもてはやされている。しかしこれらは,日本的経営の諸特徴をばらばらにとらえたもので,学問的批判に耐えるものではない。

 その後,日本的経営の基本的構造と機能が明確に把握されるようになり,その特徴についても,さまざまの指摘がなされている。たとえば,広範な下請の系列化と緊密な協力関係の形成,企業のために機動的に活動する中核部分と環境変動に対する緩衝として使われる周辺部分との二重構造,組織の集団的編成および組織内諸小集団間の競争による活力の維持,マン・マシン型の欧米型組織に対し,柔軟な職務構造のもとでの協働型組織の維持,終身雇用と年功制(これは徐々に格差をつけていく日本的能力主義の制度と考えられる)との絶妙な組合せによる昇進競争のダイナミズムの維持・強化,幹枝tree構造をもつ欧米型の組織とは異なって,日本の組織は根茎rhizome構造をもち,各部分システムがそれぞれ独自性をもちつつ根茎のようにからまった〈間柄〉と,それにもとづく情報ネットワークの存在など,さまざまな特徴が明らかにされている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「日本的経営」の意味・わかりやすい解説

日本的経営
にほんてきけいえい
Japanese style management

国際比較を踏まえた日本の企業に独自とされている経営上の特質。日本的経営の特質を最初に指摘したといわれるアメリカのアベグレンJ. C. Abegglenは、その内容を〔1〕定年まで勤続する終身雇用制、〔2〕年功主義(学歴と勤続)による賃金(年功賃金制)と昇進(年功昇進制)、〔3〕企業別労働組合、〔4〕福利厚生施設の充実、をあげた。前三者は、その後、日本的経営の三本柱ないし三種の神器とよばれるようになる。しかし外国人の指摘は、文化的相違を反映しやすい人事・労務・労使関係に関連する特質に偏っている。外国人の研究と別に進められていた日本人自身の研究は、常務会、稟議(りんぎ)制度、部課制組織、会議体、総務部制など、より経営管理の中枢内容に接近した意思決定や管理の制度に関する特質を指摘した。後者の成果は外国にも伝わり、稟議、根回し、改善などは国際的に専門語として定着している。当初の制度的相違の研究は、やがてその本質の究明へと進む。間宏(はざまひろし)は、戦前のそれを経営家族主義、戦後のそれを経営福祉主義と規定した。また多くの論者は、欧米の個人主義に対し集団主義が日本的経営の柱であるとする。しかしもっとも重要なことは、日本的経営が人間中心主義の理念にたっていることである。経営の国際化とともに、日本的経営の国際的有効性が問題になってきた。一方に日本的経営は国際的普遍性をもつとの説があり、他方に変容が避けられないとの説がある。

[森本三男]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「日本的経営」の意味・わかりやすい解説

日本的経営
にほんてきけいえい

日本の特に大企業に特徴的に現れているとされる経営の手法やシステム。俗に日本的経営の「三種の神器」とされるのは終身雇用,年功序列,企業別組合であるが,集団主義,参加的意思決定,系列間取引などさまざまな要素が含まれており,また内容は時代によって変化してきた。日本的経営は戦後しばらくは日本の後進性の現れと批判されたが,日本が高度成長をとげると一転して日本の強さの源泉と肯定的に評価されることが多くなった。しかし,その後はアメリカから「系列」取引や,リベート制,建値制など閉鎖的な商慣行が批判されたり,国内でも過労死などを生む土壌があるとして見直しの必要を指摘する声が強まった。

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世界大百科事典(旧版)内の日本的経営の言及

【家】より

…前述した養子制度もそのとおりであろう。この縁約原理が日本の結合原理となり,企業の日本的経営(いわゆる日本株式会社)を生んだ。これは戦後の家の歪曲と関連している。…

【経営学】より

…理論面では,バーナードとサイモンを引き継いだ近代組織理論が日本の経営学にしだいに受け入れられて,今日に引き継がれている。他方,60年代の高度成長を経て日本の企業が国際競争力を高めてくると,むしろ欧米の諸理論とは異なる日本の企業経営の現実に対する見直しがなされるようになり,いわゆる日本的経営論が盛んに議論されるようになった。これらのうち,戦後導入されたアメリカの経営手法を日本の土壌に根づかせて,独自に発展させた品質管理や生産管理の手法は,今日世界的な注目を集めている。…

【産業社会】より

…管理社会という言葉が現実味を帯びるほどに,マス・コミュニケーションの著しい発展がみられた。60年代後半以降,経済の国際化が急テンポで進み,企業経営の領域では〈日本的経営〉がその性格を整えていった。〈二重構造〉はその性格を弱め,遅ればせながら70年代になると〈福祉国家〉の成熟現象もみられた。…

※「日本的経営」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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