改訂新版 世界大百科事典 「能力主義管理」の意味・わかりやすい解説
能力主義管理 (のうりょくしゅぎかんり)
この用語の提唱者である日本経営者団体連盟(日経連)は,〈従業員の職務遂行能力を発見し,より一層開発し,より一層有効に活用することによって労働効率を高める人事労務管理諸施策の総称である〉と定義している(《能力主義管理》1969)。この意味で能力主義管理を考えるに当たっては以下の3点に注目すべきである。
第1に,すぐれて歴史的所産であるということである。敗戦による経済の混乱以降,経営者は対決を中心とする労使関係をいかにしたら協力体制にまで改善しうるのか,労働力の非効率的活用をいかにしたら効率化しうるのかを一貫して模索してきた。おおむね1960年代の初期まではこれを欧米の事例から学ぶことにより果たそうとしてきたが,日本的条件下では必ずしも良い結果を生まなかった(たとえば職務給の導入など)。60年代の中葉になって日本的な労使慣行(企業別組合,年功序列制,終身雇用)のもつ長所を長所として踏まえつつ,近代的な合理性を追求すべきだという発想が経営者の中に広がりはじめた。こうした気運のなかで労務管理の中心課題を従業員の人間形成(=個々人の能力の開発と活用,およびそれに対する処遇)におくという考え方が台頭し,これが能力主義管理として体系化された。この意味で,これは日本の経営者の思想的自立を画するものといってよい。
第2に,抽象的思想の域にとどまることなく,人事労務管理の施策として体系的に具体化されたことである。大づかみに言って,60年代中葉以前は従業員の勤続年数と学歴とにより採用,配置,教育訓練,異動,昇進,賃金処遇がなされてきたが,この良さを温存しつつも,勤続年数と学歴とが職務遂行能力の指標でなくなった場合には,従来の管理様式を改革することを意味するからである。自由化による国際的競争の激化という外的環境の変化とともに,次のような国内事情の変化は改革を促した。技術革新の進行による勤続年数と能力の相関の弱まり,進学率の急上昇による同学歴者間の能力の分散などがそれである。改革の基軸は,職務系列ごとにその中を必要とする能力の段階でいくつかの等級に分類し,その資格要件により個々人を格付けする職能資格制度の導入にあった。この資格制度をベースに昇格(昇進),賃金処遇,教育訓練施策が具体的に展開された。
第3に,第2のことから,これが具体的な労働条件に直接・間接に影響を与えることになるため,労働組合との交渉・協議を通じての部分的な修正をうけて初めて定着・普及したことである。労働組合は,組合員(=従業員)相互の昇進競争は団結の基盤を揺るがす傾向をもつため,能力主義管理の導入を防止しようとする動きを当初はとりがちであった。しかし,昇進(昇格)について中位の資格等級までは最長滞留年数を設定して自動的な昇格を保障したり,昇格に遅れた人でも生活に必要な賃金が確保できるような年功給部分を組み込むことにより,広く普及していくこととなった。
執筆者:石田 光男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報