改訂新版 世界大百科事典 「時桔梗出世請状」の意味・わかりやすい解説
時桔梗出世請状 (ときもききょうしゅっせのうけじょう)
歌舞伎狂言。時代物。5幕12場。通称《馬盥(ばだらい)の光秀》。現行の外題は《時今也桔梗旗揚(挙)(ときはいまききようのはたあげ)》。4世鶴屋南北(勝俵蔵時代)作。1808年(文化5)7月江戸市村座初演。先行の浄瑠璃《祇園祭礼信仰記》《三日太平記》《絵本太功記》などに拠りながら武智光秀(明智光秀)が主君小田春永(織田信長)を本能寺で討つまでの経緯を主軸に脚色した作品(太閤記物)。序幕は祇園社拝殿から饗応仮御殿までの5場で,光秀が蜘蛛の振舞いを見て怪しむくだりは饗応仮屋の木戸前の場,春永が蘭丸に鉄扇で光秀の眉間を割らせるのが饗応仮御殿の場。二幕目山崎陣中の場は,陣中慰労のために設けた切見世(時間ぎめの女郎屋)の場だが,曾呂利新左衛門が噺家になったり加藤清正が前髪で蛇の目ずし売りになったり,久吉(秀吉)が鰹の刺身を作ったりして,大仰な時代狂言の世界を不意に市井風俗のなかに引きずり込んで滑稽化する南北の面目躍如たるものがある。三幕目は本能寺の場から奥殿の場までの4場からなっているが,春永が光秀に馬盥で酒をのませ,さらに,光秀の妻の皐月がその昔珍客をもてなすために売った切髪を満座のなかで与えて侮辱し,光秀が〈この切髪は越路(こしじ)にて,光秀流浪のそのみぎり,煙もほそき朝夕の……〉と無念の述懐をするのは第一場の本能寺。なお《馬盥》の通称はこのくだりの馬盥からきている。謀叛をすすめる連歌師紹巴を切り,自害の装束で上使を迎えた光秀が辞世の句〈時は今,天が下しる皐月かな〉をよむと遠寄せになり,本心をあらわして上使を切りすてるクライマックスは第三場にあたる愛宕山西の坊威徳院の場。あと四幕目小栗栖村の場,大詰松下嘉平次閑居の場。南北は時代狂言に適した作者ではなかったが,この作品は時代狂言の傑作の一つで,それに5世松本幸四郎の光秀が当り役として評判になったこともあって,今日まで上演され続けている。ただ現在は,光秀の恨みから反逆への展開を史劇ふうに盛りあげるよう,序幕の切にあたる〈饗応〉,三幕目の〈馬盥〉〈愛宕山〉の3場だけが上演され,二幕目山崎陣中の切見世の場などはまったく上演されない。南北作品としては一方に片寄ってしまったといえる。明治期,9世市川団十郎は陽性で逞しい反逆児の型を,7世市川団蔵は陰性で執念の反逆児の型を残した。
執筆者:廣末 保
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報