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朝比奈知泉 アサヒナチセン

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デジタル大辞泉の解説

あさひな‐ちせん【朝比奈知泉】

[1862~1939]政治評論家新聞記者。茨城の生まれ。「東京日日新聞」の主筆として活躍。条約改正遼東(りょうとう)半島還付問題などで政府側を代弁した。

出典|小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

朝比奈知泉 あさひな-ちせん

1862-1939 明治時代のジャーナリスト。
文久2年4月25日生まれ。明治21年「東京新報」主筆となり,のち社長。24年「東京日日新聞」にまねかれ,翌年主幹となって論説を担当し,陸羯南(くが-かつなん),徳富蘇峰(そほう)と並称された。昭和14年5月22日死去。78歳。常陸(ひたち)(茨城県)出身。帝国大学中退。号は碌堂,珂南など。著作に「朝比奈知泉文集」「老記者の思ひ出」など。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

あさひなちせん【朝比奈知泉】

1862‐1939(文久2‐昭和14)
新聞記者。号は碌堂,珂南など。茨城県出身。東京大学予備門,東大法科に学ぶ。在学中から《郵便報知新聞》《国民之友》に論文を寄稿し注目される。1888年山県有朋系の新聞《東京新報》創刊に大学を中退して参加,主筆となる。92年より伊東巳代治の所有する《東京日日新聞》の論説を担当した。ほぼ一貫して長州閥の立場を代弁する言論記者として活動,しばしば反政府系の新聞と論争を戦わした。特に条約改正問題,三国干渉問題の2度にわたる《日本》の陸羯南(くがかつなん)との論戦は著名。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

あさひなちせん【朝比奈知泉】

1862~1939) 新聞記者。常陸ひたちの生まれ。号は碌堂。「東京日日新聞」の主筆として、条約改正・三国干渉問題について政府擁護の弁論を展開。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

朝比奈知泉
あさひなちせん
(1862―1939)

明治期の新聞記者。号は碌堂(ろくどう)、珂南(かなん)など。水戸藩士の家に生まれる。東京帝国大学予備門を経て同法科入学。在学中から『国民之友』などに寄稿し文名を得る。1888年(明治21)山県有朋(やまがたありとも)系の新聞『東京新報』の初代主筆となる。1891年伊東巳代治(みよじ)が『東京日日(にちにち)新聞』社主となるや、同紙の社説を担当し、のち主筆に就任。条約改正問題などでは長州閥を代弁する論陣を張った。とくに『日本』紙の陸羯南(くがかつなん)との論争は有名である。日清(にっしん)戦争ごろから新聞記者としての情熱を失い、1904年(明治37)『東京日日新聞』が加藤高明(たかあき)の手に移ったのを機に退社。以後、いくつかの新聞、雑誌に関係したほか、陸軍省嘱託として陸軍史の編纂(へんさん)にあたった。[有山輝雄]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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