朝鮮神話(読み)ちょうせんしんわ

改訂新版 世界大百科事典 「朝鮮神話」の意味・わかりやすい解説

朝鮮神話 (ちょうせんしんわ)

朝鮮神話には伝承形態によって《三国史記》や《三国遺事》など古典に記録されている文献神話と,口伝神話の2種類がある。後者には現在シャーマン口誦している巫歌神話と神話的昔話が含まれる。朝鮮神話全体の特徴は,(1)原初的形態を保持している,(2)巫俗や農耕儀礼など宗教儀礼との関係が密接である,(3)始祖神話の類が多く族譜意識が強い,(4)宇宙起源神話は神話記録者である儒学者の合理主義によって記録されなかったため,口伝のものが多い,(5)歴史的に高句麗・百済・新羅の三国鼎立が長く続いたため,神話が統一整序されず多様な伝承形態をとっている,などである。

文献神話のおもなものは次のとおりである。(1)古朝鮮の檀君神話 天帝桓因の子桓雄は天符印3個を父より授けられ,徒3000を率いて太伯山頂の神檀樹の下に降臨した。洞窟に虎と熊がいて人間に化すことを願ったので,蓬(よもぎ)と蒜(にんにく)を食べて忌籠るよう教えると,熊だけが女となり桓雄と結婚して檀君王倹を生んだ。檀君古朝鮮国を開きその始祖となった。(2)高句麗の高朱蒙神話 夫余王金蛙が太伯山の下の優渤水で一人の女に会った。女は河の神の娘柳花で,天帝の子解慕漱に私通されたため父母が怒って優渤水中に放置したのだという。金蛙がこの女を部屋の中に幽閉しておくと,日光が女を照らして遂に娠(はら)ませた。女は大卵を生みその中から神童が誕生した。彼は朱蒙(弓をよく射る人)とよばれ,その後種々の試練と苦難を克服して南走し,高句麗を建国した。(3)新羅の朴赫居世神話 新羅六村の人々が閼川(あつせん)の岸辺に集まって会議をしていると,楊山の麓の林の中に光と共に白馬と大卵が天降り,卵の中から神童が生まれた。彼は赫居世(かくきよせい)(光り輝く君)と名づけられ新羅の始祖王となった。(4)昔脱解の神話 東海の多婆那国の王と女王国の女が結婚して大卵が生まれたが,不祥なこととして卵は箱船に入れて海に流され,新羅の阿珍浦に漂着した。一老婆がこれを引き上げ箱を開けてみると中に一人の神童がいた。これが脱解であり新羅第4代の王となった。(5)駕洛の金首露神話 駕洛国加羅(から),伽耶)の村々の村長達が亀旨峰に集まり神迎えの祭を行っていると,天空より神の声が聞こえ紫の縄が天から垂れ,縄の先に金の合子(食器)があった。中には6個の卵があり,これが孵(かえ)って6人の神童となった。彼らはおのおの六駕洛の王となり,首露が大駕洛の王になった。ある日緋の帆を張った船が神女を乗せて来航したので,これを迎えて王妃とした。女は阿踰陀(あゆた)国の王女で父王の命により首露王の妃となるため渡来したという。(6)耽羅(たんら)国(済州島)の三姓始祖神話 良乙那,高乙那,夫乙那の3神人が地中から湧出した。一方東の海浜に紫泥で封印された木箱が漂着して中から3人の処女が現れた。彼らは3神人の配偶者となるため日本国より渡来したと告げ,おのおの成婚して国を開いた。

 これらの神話はいずれも朝鮮古代王朝の起源または王権神話に限られ,宇宙起源神話その他を欠いている。文献神話のおもなモティーフのうち始祖の山上降下,日光感精要素は北方大陸系であり,卵生,箱船漂流要素や海上他界観などは南方海洋系である。高句麗の朱蒙神話は北方系の遊牧文化と南方系の両要素の結合がみられ,南部の新羅や駕洛(加羅)の神話は南方系の稲作文化の系統を引いている。また支配者の神聖性の根源を天と海に求める観念は日本の天孫降臨神話と同様であり,沸流・温祚兄弟の百済建国神話は日本の神武東征神話と構造的類似を示している。さらに高句麗,新羅の最初の3王は日本のそれと同様に,印欧語族神話的な社会的3機能(主権・軍事・豊穣)ないし宇宙三界(天・地・水)を表すものであり,朝鮮神話と印欧語族神話との関連性を示している。檀君神話は北方ユーラシア,とくにツングース諸族の熊信仰(人間と熊の婚姻譚や熊祖神話)との親縁関係が求められる。このほか文献神話には,朱蒙神話の大母神による五穀種の授与や済州島の穀種漂着神話などの農耕起源神話がある。

巫歌神話には宇宙起源歌や巫祖神話歌のほかに家神,産神,富神,農神,部落の守護神など朝鮮巫俗の神々の由来や行跡をうたった叙事巫歌(本解(ポンプリ))がある。これは現在各種の巫祭で実際に口誦されている生きた神話である。叙事巫歌は仏教道教と高度の習合を示しているが,その根幹をなしているのはシャマニズム的世界観である。代表的な巫歌〈巫祖パリ公主(捨姫)歌〉の内容は次のとおりである。王は女子ばかり生まれるので7番目の末娘を石箱に入れて水中に捨ててしまう。捨てられた王女は神の加護により山神の老夫婦に助けられ養育される。王女が成長して人間界に帰ってくると,両親が危篤状態なので薬水を求め西天国に行く。苦難の末に薬水を得て持ち帰り両親を助け,みずからは死霊をあの世に導く巫祖となった。また宇宙起源歌は天地開闢(かいびやく)とその後の整備,各種の文化や国家・村々などすべてのものの原初生成をうたっている。天地分離,天父地母,漂う国土,死体化生,複数の日月,射陽,各界分治などのモティーフを含むこの巫歌は,日本の宇宙起源神話との間に系統的・構造的対応関係や類似が認められる。このほかにも神話的昔話として,土を裳に入れて運んで済州島を造ったというソルムンデ姥(ハルマン)など,巨人による国土(宇宙)創造神話や兄妹結婚型洪水神話,日月起源神話,日月食の由来などが語られている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「朝鮮神話」の意味・わかりやすい解説

朝鮮神話
ちょうせんしんわ

朝鮮神話はその伝承形態から、『三国史記』(1145)や13世紀末の『三国遺事(いじ)』などの古典に記録されている文献神話と、口伝(くでん)神話の2種類に分けられる。そして後者には、シャーマンの神歌として口誦(こうしょう)されている巫歌(ふか)神話と、神話的内容が口伝によって伝承されてきた神話的昔話が含まれる。その特徴としては、〔1〕原初的形態を多く保持している、〔2〕宗教儀礼(巫俗(ふぞく)信仰や農耕儀礼など)との関係が密接である、〔3〕始祖神話の類が多く、族譜意識が強く作用している、〔4〕創世神話が、神話記録者である儒学者の儒教的合理主義により文献神話として記録されなかったため、口伝のものが多い、〔5〕紀元前後から三国鼎立(ていりつ)が続いたため、神話が統一、整序されることがなく、多様な定着をしている、などの諸点があげられる。

 文献神話には、高句麗(こうくり)の朱蒙(しゅもう)神話、百済(くだら)建国神話、新羅(しらぎ)の朴赫居世(ぼくかつきょせい)、金閼智(きんあっち)、昔脱解(せきだっかい)、加羅(から)の金首露(きんしゅろ)、耽羅(たんら)の三姓(高・良・夫の三姓)始祖神話、古朝鮮の檀君(だんくん)神話、高麗(こうらい)の始祖神話などがあるが、いずれも朝鮮の古代王朝の起源ないしは王権神話に限定されており、創世神話そのほかを欠いている。文献神話のおもなモチーフとしては、始祖の山上降下、日の御子(みこ)信仰、日光感生要素、農耕祭式、竜蛇信仰、海上他界信仰、箱舟漂流要素、卵生要素などがある。すでに三品彰英(みしなしょうえい)(1902―71)などの詳細な研究があるが、そこに表出された始祖の山上降下、日光感生要素は北方大陸系であり、卵生、箱舟漂流要素は南方海洋系である。南部の韓(かん)族の神話は、南方系の稲作農耕文化の系統を引き、高句麗の朱蒙神話は、北方系の遊牧文化と南方系の両要素の結合がみられる。また、支配者の神聖性の根源を天と海に求める観念は、日本の天孫降臨神話と密接な関係を示すものである。このように両国の神話は、系統的な関係ばかりでなく構造的にも類似しており、沸流(ふる)・温祚(おんそ)兄弟の百済建国神話は、日本の神武(じんむ)東征神話と構造的に類似している。また高句麗、新羅の最初の三王は、日本と同様にインド・ヨーロッパ諸族神話的な社会的三機能(主権、軍事、豊穣(ほうじょう))ないし宇宙三界(天、地、水)を代表することが明らかになり、構造的な類似が指摘され、さらに朝鮮神話とインド・ヨーロッパ諸族神話との関係も証明されている。檀君神話は北方ユーラシアの熊(くま)信仰と深い関係があり、ことにツングース諸族における熊や虎(とら)と人間との交婚譚(たん)や、熊祖神話との親縁関係が求められる。文献神話のなかには、このほかわずかではあるが、朱蒙神話にみえる大母神の五穀種の授与や、済州(さいしゅう)島の穀種漂着神話など、農耕起源神話が認められる。

 一方巫歌神話には、宇宙起源をうたう巫歌や巫祖(ふそ)神話(捨姫(すてひめ)神話)のほかに、家神、産神、農神、火神、軍神、村落守護神など、朝鮮巫俗の神統譜に基づく神々の由来行跡を語る「本解(ポンプリ)」という叙事巫歌があるが、これは現在でも村落祭や各種の巫祭のおりにシャーマンによって謡われている生きた神話である。「本解」は仏教や道教の諸要素を吸収し、高度の習合現象を示しているが、その根幹はシャーマニズム的世界観からなっている。巫俗神話のなかでもっとも重要なものは宇宙起源の巫歌であり、そこでは天地の開闢(かいびゃく)とその後の整備、各種文化の起源、国家や村の始原など、すべてのものの原初生成がうたわれている。天地分離、天父・地母、漂う国土、死体化生(けしょう)、複数の日月、射陽説話、各界分治、花甕(がめ)のすり替えなどのモチーフを含むこの朝鮮の宇宙起源神話は、日本神話との間に系統的、構造的対応関係や類似が認められている。このほか神話的昔話としては、裳(もすそ)に土を入れて運び、済州島をつくったというソルムンデ姥(ハルマン)など、巨人による国土(宇宙)創造神話や兄妹結婚型、そのほかの洪水神話、日月起源神話(日妹、月兄)、日食・月食の由来などがある。

[依田千百子]

『『三品彰英論文集 第2~5巻』(1971~73・平凡社)』『吉田敦彦編『比較神話学の現在』(1975・朝日出版社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の朝鮮神話の言及

【朝鮮】より

…このように西方や北方の勢力を結集したモンゴルの侵略とこれに対抗,あるいは追従するなかで,民族文化を形成していったことをうかがうことができるであろう。朝鮮神話
[侵略に対処する山城]
 朝鮮はユーラシア大陸の東端にある半島で,大陸の諸民族の中では比較的民族間の戦争の少ないところである。しかし,日本のように民族間の戦争をほとんど意識しない社会とは異なり,日常生活の中でもこの点に留意してきた。…

※「朝鮮神話」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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