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朝鮮語学会事件 ちょうせんごがっかいじけん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

朝鮮語学会事件
ちょうせんごがっかいじけん

1942年朝鮮総督府による朝鮮語弾圧策の一つとして計画された事件。朝鮮語学会は「ハングル表記法統一案」を作成し,機関紙『ハングル』を発刊するなど,朝鮮語の啓蒙,普及活動を盛んに行なっていた。しかし,臨戦体制への移行が進むにつれ,朝鮮語使用に対する弾圧が強まった。 41年太平洋戦争の勃発を機に,弾圧は露骨になり,翌年 10月,治安維持法違反を理由に語学会員を大量検挙し,洪原警察署留置場に1年間留置し,咸興に護送した。拘束されていた約 30人のうち 13人が公判に付されたが,2人は公判中に拷問により獄死,11人の被告は2~6年の懲役という判決を受け,語学会は解散した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうせんごがっかいじけん【朝鮮語学会事件】

植民地下の朝鮮で1942‐43年,朝鮮語学会の会員33名が治安維持法違反として検挙投獄された事件。42年夏,一女高生の日記に〈日本語を使い処罰された〉とあったことに端を発し,同校教員が検挙され,10月にはソウルの朝鮮語学会にまで弾圧が及び,李克魯,崔鉉培,李熙昇等の言語学者が検挙され,裁判に付された。李允宰,韓澄は拷問のため獄死している。同学会は,李朝末期に朝鮮語研究に大きな足跡を残した周時経のあとを継いだ言語学者が1921年結成した〈朝鮮語研究会〉を,31年改称したものである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

朝鮮語学会事件
ちょうせんごがっかいじけん

朝鮮語と外来語の表記法、標準語の認定、朝鮮語辞典の編纂(へんさん)など、朝鮮語の研究と整備を目ざした朝鮮語学会の主力会員を、朝鮮総督府が1942年に一斉に逮捕した事件。朝鮮語学会が民族精神を高揚させ、独立運動を企てる秘密結社であるという口実で、治安維持法を適用して弾圧したもので、朝鮮総督府の朝鮮語抹殺政策の一環をなすものである。学会員の何名かは獄中死し、何名かは日本の敗戦まで獄につながれていたが、生き残った会員は、解放後、南北それぞれの国語学界の中心的存在として活躍している。[大村益夫]

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