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朴憲永 ぼくけんえい Pak Hǒn-yǒng

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

朴憲永
ぼくけんえい
Pak Hǒn-yǒng

[生]光武4(1900).忠清南道
[没]1955
朝鮮の共産主義運動家,政治家。小作農家に生れ,ソ連のレーニン大学で学んだ。 1920年代には朝鮮における共産主義運動の指導者として注目され,1922年極東民族大会に参加,25年朝鮮共産党結成の中心人物として活躍し,高麗共産青年会が再建されると責任秘書に選ばれた。

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デジタル大辞泉の解説

パク‐ホニョン【朴憲永】

[1900~1955]朝鮮の政治家。忠清南道に生まれる。1925年朝鮮共産党創立に参加。1945年ソウルで共産党(後の南朝鮮労働党)を再建、副委員長となり反米闘争を指導。その後北朝鮮に移り、朝鮮民主主義人民共和国の副首相兼外相となったが、朝鮮戦争中にスパイ容疑で逮捕、処刑された。ぼくけんえい。

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百科事典マイペディアの解説

朴憲永【ぼくけんえい】

朝鮮の革命家。1920年上海で高麗共産青年同盟に加入,帰国して1925年朝鮮共産党創立に参画するなど一貫して朝鮮革命運動に従事。1945年朝鮮解放後,朝鮮共産党を再建して人民闘争を指導。
→関連項目金日成南日

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世界大百科事典 第2版の解説

ぼくけんえい【朴憲永 Pak Hŏn‐yŏng】

1900‐55
朝鮮の共産主義運動草創期以来の活動家。非転向で1945年8月15日の解放を迎え,南朝鮮の党を統括したが,朝鮮戦争後北朝鮮で粛清され波乱の生涯を閉じた。忠清南道礼山郡出身。京城高等普通学校生として三・一独立運動を体験後1920年上海に渡り,高麗共産党イルクーツク派(のちの火曜派)の組織に加わり,帰国して25年の朝鮮共産党創立に参画。同年末逮捕されたが,法廷で裁判長に眼鏡を投げつけ精神錯乱を装って病気保釈をかちとるとそのまま国外に逃走した。

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大辞林 第三版の解説

パクホニョン【朴憲永】

1900~1955) 朝鮮の政治家。朝鮮共産党創立に参加、第二次大戦後南朝鮮労働党の副委員長となり反米闘争を指導。その後北朝鮮に移り、朝鮮民主主義人民共和国建国とともに副首相兼外相となったが、のちに処刑された。ぼくけんえい。

ぼくけんえい【朴憲永】

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世界大百科事典内の朴憲永の言及

【朝鮮共産党】より

…民族解放を第一の課題とする前者(上海派)と社会主義革命を優先させる後者(イルクーツク派)との間に激しい対立が生まれ,シベリアでは両派の武力衝突(自由市事変)も起きた。イルクーツク派に属する金在鳳,朴憲永らは23年前後に帰国し,思想団体火曜会に加入,青年団体,労農団体にも影響力を広げつつ共産党結成を準備した。25年4月17日,金在鳳ら18名がソウルで朝鮮共産党(朝共)を結成,金を責任秘書に選んだ。…

【朝鮮民主主義人民共和国】より

…このことが朝鮮民主主義人民共和国が南の人民をも代表していると主張しうる根拠となっている。実際,南朝鮮での左翼弾圧の強化にともない,朴憲永らの指導者は北朝鮮に移っており,そこから南の地下運動を指導しながら,北朝鮮内閣の枢要の地位にも就いていた(朴憲永は副首相兼外相)。なお,ソ連軍は48年末までに撤収し,国防の主体は48年2月8日に創設された朝鮮人民軍が担った。…

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