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村正 むらまさ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

村正
むらまさ

伊勢,桑名の刀工。室町時代中期以後,代々活躍した。文亀・天文年間 (1501~55) に同名の刀工が数代あるが,永正年間 (04~21) の作品に傑作が多い。相州正宗の弟子と伝えるのは年代的にも根拠がなく,作風もむしろ美濃物 (→関物 ) の系統に近い。

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デジタル大辞泉の解説

むらまさ【村正】

室町時代、伊勢の刀工。桑名郡千子(せんご)に住み、千子派とも称された。利刃(りじん)をもって名高い。徳川家で、村正の刀による不祥事が相次いだことから、妖刀伝説が生まれた。同名の刀工はほかに数人いる。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

村正【むらまさ】

伊勢国桑名の刀工。数代続き,初代は貞治年間(1362年―1368年)の人と伝えるが,村正銘をもつ現存最古の刀は1501年の作。一般に古刀は表裏の刃文(はもん)がそろわないが,村正のものは表裏がそろっているのが特色。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

村正 むらまさ

?-? 室町-戦国時代の刀工。
伊勢(いせ)(三重県)桑名の住人。年紀では文亀(ぶんき)元年(1501)銘の刀が現存する最古の作品で,同名の刀工は江戸時代初めまで数代つづく。切れ味のよさで名だかい。徳川家康の祖父,父らが村正の刀できられたため徳川家に忌避され,歌舞伎などによって妖刀説がひろまった。

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朝日日本歴史人物事典の解説

村正

生年:生没年不詳
室町末期の伊勢(三重県)桑名の刀工。作刀にみられる年紀では文亀1(1501)年が最も古く,天正4(1576)年まであり,その間,同銘が少なくとも3代は続いたとみられる。俗説に正宗の弟子といわれるが,正宗は鎌倉時代の刀工であり,これは誤りである。村正の作刀は刀,短刀ともにあるが,切れ味のよいことで名高く,作風は湾れに互の目,箱がかった乱れを交えたものが多く,特に表裏の刃文が揃うところに特徴がある。村正に関する伝説として妖刀説や徳川家にたたるというのがあるが,これは徳川家康の祖父清康が阿部弥七郎正豊に殺されたときの刀が村正であり,父広忠が岩松八弥に斬りつけられたのも,また嫡子の信康が切腹の際,介錯された刀も村正で,さらに家康自身も村正の短刀で怪我をしたことなどが重なりあって生じたもの。そのため村正は徳川家にとっては不吉とされ,譜代の大名ではこれを所持することを慎んだという。

(原田一敏)

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世界大百科事典 第2版の解説

むらまさ【村正】

室町時代,伊勢国桑名の刀工。生没年不詳。同名が少なくとも3代は続いたとみられ,作刀にみる年紀では文亀元年(1501)が最も古い。俗説に正宗の弟子と伝えるが,これは誤りである。村正の作刀は切れ味のよいことで名高く,作風は〈のた(湾)れ〉に互の目(ぐのめ),箱がかった乱(みだれ)を交えた刃文を得意とし,とくに表裏の刃が揃うところに見どころがある。村正に関する伝説として妖刀説や徳川家にたたるという説があるが,これは徳川家康の祖父清康が阿部弥七郎正豊に殺されたときの刀が村正であり,父広忠が岩松八弥に斬りつけられたのも,また嫡子信康が自害の際,介錯(かいしやく)された刀も村正で,家康みずからも村正の短刀で怪我をしたということなどが重なりあって生じたものである。

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大辞林 第三版の解説

むらまさ【村正】

室町中期、伊勢桑名の刀工。右衛門尉。関の兼村の子で長吉の弟子ともいう。千子せんご派の祖。一種凄みのある作風と、家康までの三代の徳川家の当主が村正の刀に災いをうけたことなどから、江戸時代には村正妖刀説が生まれた。地鉄強く、箱乱と呼ばれる刃文はもんが特徴。二代・三代も良工。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

村正
むらまさ

生没年未詳。室町後期の伊勢(いせ)(三重県)の刀工。桑名郡千子(せんご)村に住したところから千子派ともよばれ、利刃をもって名高い。作風は湾(のた)れ刃が箱形に角張って、表裏の刃文(はもん)がそろう特色をもつ。一説に相州(そうしゅう)正宗(まさむね)の弟子ともいわれるが、時代的に一致しない。村正のもっとも古い作は「文亀(ぶんき)元年十月日」(1501)銘のもので、以後同名が3代あるとみられている。徳川家で村正の刀による不祥事が起きたことから幕府の禁忌にあい、村正妖刀(ようとう)説が生まれ、そのため銘を消したり、村の字を消して正の字の下に「宗」を加えて正宗に改竄(かいざん)したものがある。逆に、倒幕の気運の高まった幕末には大いにもてはやされた。弟子ともいわれて三河文殊(みかわもんじゅ)の俗称をもつ正真や、濃州(岐阜県)関(せき)の和泉守(いずみのかみ)兼定(かねさだ)、平安城長吉とは、地域、作風、年代が重なり合うところから、交流があったとみられる。[小笠原信夫]

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世界大百科事典内の村正の言及

【村】より

…こうした行政村は,唐においては国家の基本法典である律令に規定されていて,それによれば百戸を里(都市では坊といい,むらでは(そん)と呼ぶ)とし,五里を一郷とする。里・村には里正・村正が置かれ,戸口調査,悪事の検察,農事奨励,租税徴収などを担当させるというものであった。明・清時代に採用された里甲制は110戸を一里とし,そのうち十戸を里長戸,残りを十戸ずつ十甲に分けたもので,本来はその里長・甲首を輪番で租税徴収に当たらせようとするものであった。…

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