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東北凶作 とうほくきょうさく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

東北凶作
とうほくきょうさく

江戸時代,天明の頃 (1780年代) から昭和の初めにかけてしばしば東北地方に起った冷害による凶作。特に昭和恐慌と重なった 1931,34年の大凶作は農家の生活を圧迫し,飢餓状態を生んだ。この結果農民運動は先鋭化し,血盟団事件五・一五事件を引起す原因の一つとなった。政府も 34年頃から,政府米払下げ,低金利資金の融資,東北振興第1期総合計画などを策定して救済に努めた。さらに品種改良の進展,第2次世界大戦後の農地改革の効果により,凶作の脅威はなくなった。

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世界大百科事典 第2版の解説

とうほくきょうさく【東北凶作】

1934年7月末からの東北地方の冷害による大凶作。東北地方は1933年から34年にかけて大雪となり,多雪地方では5月上旬消雪のため,苗代の準備や播種(はしゆ)が遅れた。さらに7月末からの低温は,青森,岩手,宮城を中心とした東北6県に未曾有の冷害をもたらした。このため凶作は山間部,宮城北部以北の太平洋沿岸地方にひどく,稲作は青立不稔実状態,いもち病のため大損害をきたした。東北6県の作付け面積の96%が被害をうけ,平年作の60%に収量が低下した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東北凶作
とうほくきょうさく

1934、35年(昭和9、10)に東北地方で発生した凶作。34年の全国産米実収高は、気候不順のために、31年の凶作時よりも下回った。とくに、冷害にみまわれた東北地方の減収は著しかった。青森、岩手、山形三県の収穫高は、過去5年間の平均値の4~5割にすぎなかった。翌35年にも、冷害による凶作が青森、岩手両県を中心に東北地方を襲った。そのため恐慌時に打撃を受けていた農家経済はさらに悪化し、木の実や草の根を食糧とせざるをえない家庭や、身売りする娘、欠食児童の数が急増した。芸妓(げいぎ)、娼妓(しょうぎ)、酌婦、女給になった娘たちの数は、33年末から1か年の間に、東北六県で1万6000余名に達している。こうした状況は大きな社会問題として論議の的となり、政府は応急土木事業の実施や政府所有米支給によって事態に対処し、民間においても救援運動が展開された。しかし、凶作の痛手は容易に回復せず、農村窮乏問題はこれ以後の重要な政治課題となった。[横関 至]
『農民組合史刊行会編『農民組合運動史』(1960・日刊農業新聞社) ▽農林省編『農務時報 第七分冊』復刻版(1981・御茶の水書房) ▽『日本農業年報 第七輯 農業恐慌五ヶ年』復刻版(1978・御茶の水書房) ▽江口圭一著『15年戦争の開幕』(『昭和の歴史4』1982・小学館)』

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