互いに連鎖する遺伝子の一群のそれぞれの遺伝子の位置を、染色体上の相対的な順序や距離に従って1本の直線上に模式的に描いたもの。連鎖地図linkage mapともいう。それぞれの生物について、このように直線上に配列した遺伝子の位置が示されたものが、遺伝子の連鎖群の数(細胞学的には半数染色体数)だけ存在する。
染色体地図には、その作成法によって遺伝的地図genetic mapと細胞学的地図cytological mapとがある。遺伝的地図は、連鎖した二つの遺伝子間でおこる組換えの頻度を用いて、両遺伝子間の距離として表したもので、その精度は、実際に観察される組換えの頻度からいかに乗換えcrossing-overの頻度を正確に推定するかにかかっている。
細胞学的地図は、突然変異誘発剤などを用いて、染色体の欠失(一部分が失われている場合)や逆位(染色体のある部分が逆転している場合)、転座(染色体の一部または全部が相同のほかの染色体、または相同以外の染色体と結合したり、互いに入れ替わったりする場合)などをおこさせ、その際の遺伝子連鎖関係の変化を遺伝子の組換えから調べるとともに、染色体の構造的な変化の場所や程度を顕微鏡で調べ、両者の結果を対応させて作成する。また、ショウジョウバエやユスリカなどの双翅(そうし)目の昆虫では、唾液腺(だえきせん)にある巨大染色体の縞(しま)模様の変化を顕微鏡で調べ、唾液腺染色体地図が作成されている。
遺伝的地図と細胞学的地図とでは、それぞれの遺伝子の配列順序については完全に一致するが、各遺伝子間の距離はかならずしも一致しない。一般的には細胞学的地図における遺伝子間の距離は遺伝的地図におけるよりも規則的となる。これは、染色体の乗換えが染色体の異なった部分では同一でなく、二重乗換えや干渉の影響があるからである。
大腸菌、サルモネラ菌、枯草菌などの細菌や、T4ファージ(大腸菌に感染するファージ=細菌ウイルス)、ΦX174ファージ(大腸菌に感染する一重鎖DNAファージ)などのバクテリオファージ、SV40(アカゲザル腎細胞から分離されたウイルスで、細胞の悪性化や不死化に使用される)やポリオーマウイルス(マウスの耳下腺癌(じかせんがん)を誘発するウイルスで、多くの動物細胞に悪性転換をおこさせる)などの動物ウイルス、クラミドモナス(淡水産の緑藻類で、核と細胞質の関係や性決定の研究に用いられる)、ゾウリムシ(原生動物の一種で、核と細胞質の関係の研究に用いられる)などの単細胞生物、酵母、アカパンカビ、細菌性粘菌などの下等真核生物、線虫やショウジョウバエ、イエバエ、ネッタイシマカ、カイコなどの昆虫類、サケ、カエル、ニワトリ、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコなどの実験に用いられる各種動物について、多くの遺伝子の座位が決定され、各遺伝子の連鎖関係が解析され、その染色体地図が作成されている。
ヒトについては、22対の常染色体、X、Yの性染色体のそれぞれについて、染色体地図が作成されている。ヒトやいくつかの動物の染色体地図は、キナクリンマスタード(遺伝子DNAを構成する4種のヌクレオチドのなかのアデニンとチミンの塩基対に親和性の高い標識色素)を用いたQバンド法(染色体をキナクリンマスタード液で染め、蛍光顕微鏡で観察すると、蛍光の強弱のバンド模様が観察される。位置が各染色体の部域的に一定しているので、染色体の部域を特定するのに使用される)やギムザ(血液中の各細胞や培養細胞の核と細胞質を染め分けるのに使用される色素)を用いたGバンド法(細胞をトリプシンなどで前処理した後、ギムザ染色すると、染色体上に特定の縞模様が出現する。その位置は、ほぼQバンドの位置と一致する)など染色体の部分的染め分け技術によって、染色体の特定部分を縞模様に染色することができる。これによって、染色体の細かな部位の識別が可能になり、各染色体の動原体の位置を基点に、染色体の末端に向かって番号をつけ、各染色体の細部を特定することができる。種々の遺伝病などの遺伝子の座位や遺伝病によって生じる染色体異常をこのような染色体の特定部位の異常として表示することができる。
[黒田行昭]
『田中義麿著『基礎遺伝学』(1951・裳華房)』▽『R・H・タマリン著、木村資生監訳、福田一郎他訳『遺伝学』上(1988・培風館)』▽『黒田行昭編『遺伝学実験法講座5 動物遺伝学実験法』(1989・共立出版)』▽『松尾孝嶺編著『稲学大成3 遺伝編』(1990・農山漁村文化協会)』▽『堀雅明・中村祐輔編『ラボマニュアル ヒトゲノムマッピング』(1991・丸善)』▽『J・F・クロー著、木村資生・北川修・太田朋子訳『遺伝学概説』(1991・培風館)』▽『日本育種学会編『育種学最近の進歩――第34回日本育種学会シンポジウム報告』(1993・養賢堂)』▽『Sam Singer著、関谷剛男訳『人間の遺伝学』(1995・東京化学同人)』▽『黒田行昭編著『21世紀への遺伝学1 基礎遺伝学』(1995・裳華房)』▽『ダニエル・J・ケブルス他編、石浦章一・丸山敬訳『ヒト遺伝子の聖杯――ゲノム計画の政治学と社会学』(1997・アグネ承風社)』▽『今村孝編『人類遺伝学』(1998・裳華房)』▽『一瀬白帝・鈴木宏治編著『図説 分子病態学』第3版(2003・中外医学社)』
染色体上において個々の遺伝子がどのような相対的位置関係をもって存在するかを図示したもの。染色体地図にはそれを図示する方法によって,遺伝学的地図と細胞学的地図に分けられる。
これは遺伝子間の交叉価がその相対的距離を表すことを利用してつくられるが,ふつう基本的には三点試験によって決定する。この方法は例えばa,b,cという三つの連鎖した遺伝子をとりあげ,それらの配列順序と相互の地図距離を決定してゆくものである。そのために一連の交配をおこなって各遺伝子間の交叉価を求め,それによって遺伝子aとbの距離x,bとcの距離y,aとcの距離zを算出する。x+y=zならば遺伝子配列はa-b-cの順序,y+z=xならばa-c-bの順序,x+z=yならばb-a-cの順序であることがわかる。このようにして新しく連鎖する遺伝子が見いだされると同様の分析をおこない地図を完成してゆく。したがってこの地図は連鎖地図linkage mapとも呼ばれる。
ある染色体の一部分が切断されて他の染色体にくっつくと転座translocationという現象がおこる。転座した染色体の部分にある遺伝子は相互に連鎖を維持するが,それ以外の部分にある遺伝子との関係は転座によってまったく一変する。転座した部分の長さは細胞学的な方法によって測定できるので,これを利用して染色体の実際の長さと遺伝子座との関係が決定できる。それに基づいて作りあげられた染色体の地図を細胞学的地図という。このほか,ショウジョウバエなどの唾腺(だせん)染色体地図や,トウモロコシなどでつくられたパキテン期染色体地図も細胞学的地図ということができる。前者は唾腺染色体を染色すると現れるさまざまな形をした線状に並ぶ横縞を一つ一つの染色体について図示したものであり,後者は成熟分裂のパキテン期にみられる染色小粒の位置や大きさ,狭窄(きようさく)や仁形成体部位の位置などを染色体ごとに図示したものである。
執筆者:阪本 寧男
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…他の生物でも連鎖群の数と相同染色体対の数とが一致することが明らかになるにつれ,連鎖群が一つの染色体上にある遺伝子群にほかならないことが明らかになり,連鎖地図は染色体上での遺伝子の並び方を示していると考えられるようになった。現在では,連鎖地図と染色体地図とは同じ意味に使われている。 メンデルが実験に使った7対の形質に対応する遺伝子がそれぞれ別の染色体上にあることが後になって明らかになった。…
※「染色体地図」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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