従来,ドイツ語でSchwachsinn(精神薄弱)といわれた概念で,知的能力の発達が遅滞し,学習や知的な作業,身辺の管理,社会的な生活が困難なものをいい,精神発達遅滞ともいう。これに対し,情意発達の遅れないし不均衡が人格異常であり,性的精神発達の遅れないし不均衡が性倒錯である。知能がいったん発達したのち低下するものは認知症で,精神遅滞とは区別される。また,難聴によって言語の習得と知覚発達に遅れがあるものは,本来の知能は保たれているので,仮性の精神遅滞という。
WHOは知能指数(IQ)によって,精神遅滞を最重度,重度,中等度,軽度,境界に分けているが,伝統的には白痴,痴愚,魯鈍(軽愚)および境界に分けられる。一般に情意の障害は知的な障害ほどは目立たず,むしろ人なつこく,愛きょうがあり,すなおなことがある。また,IQは低くても,人づきあいなど世間的な知恵はわりあい発達している場合がある。このため,本当は知能指数だけでなく,社会的成熟度を測定し総合して考える必要がある。
以下に伝統的な分類について述べる。
(1)白痴Idiotie ウェクスラー式知能検査でのIQは20以下で,全精神遅滞の5%を占める。片言程度の言語能力しかなく,社会生活全般に介助を要し,排便,経血,摂食など身の回りの処理にも介助を要する。身体的にも弱く,肺炎などで幼時に死亡することが多い。(2)痴愚Imbezillität IQは20から50で,全精神遅滞の20~30%を占める。身辺の事がらは適当に指導されればでき,簡単な反復作業も可能であるが,新しい環境への適応や作業内容の変化に臨機応変に対処することができない。知能年齢は6~7歳で,自立困難である。(3)魯鈍Debilität IQは50から75で,全精神遅滞の60~70%を占める。日常生活はさしつかえなく,きめられた仕事はできるが,自分から考えたり計画をたてたりすることができない。知能年齢は10~12歳で,適切な指導があれば実直な社会人となることが可能である。(4)境界 精神遅滞と正常人の中間に位するもので,IQは75~90のものを境界とする。この群では,小・中学校での学力は不振であるが,比較的単純な労働に従事して社会生活を送ることは十分に可能である。
内因性が約50%,胚珠障害(卵子・精子の形成から受精完了までの時期の障害)ないし胎芽障害(主要器官が形成されヒトらしくなる妊娠2ヵ月末までの時期の障害),乳児期までの間の脳障害による外因性が約50%である。内因性では身体的・神経学的異常はみられず,魯鈍から境界が多い。外因性で最も多いのは出産時障害で,乳児期における脳炎,麻疹や猩紅(しようこう)熱による脳症がこれに次ぐ。染色体異常,先天性代謝障害,内分泌障害,母斑症も後者に含まれる。前者に比して概して重いものが多く,身体的・神経学的異常がみられることが多い。染色体異常による精神遅滞には,常染色体異常によるダウン症候群,性染色体異常によるクラインフェルター症候群,ターナー症候群がある。先天性代謝異常による精神遅滞には多くの疾患が知られているが,代表的なものとしては,タンパク質代謝異常によるフェニルケトン尿症,糖質代謝異常によるガルゴイリズム,脂質代謝異常によるニーマン=ピック病,ゴーシェ病,黒内障性白痴などがある。内分泌障害には甲状腺機能低下によるクレチン病,下垂体機能低下によるローレンス=ムーン=ビードル症や小人症があり,母斑症には結節性硬化症やレックリングハウゼン病がある。内因性でないものには予防や治療ができるものが少なくない。現在では出産時障害の最大の原因であった鉗子分娩はほとんど行われなくなり,フェニルケトン尿症,クレチン病,小人症などは予防や治療が可能になっている。
魯鈍までの発生頻度は2~3%とされるが,1953年の中学生を対象とした文部省による3府県のサンプル調査では6~8%で,境界を入れると約20%という数字がでている。
→知能
執筆者:石黒 健夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
精神遅滞は、知的機能が全般的に平均よりも低く、環境に適応することが困難な状態を示す言葉です。日常生活において何らかの援助や介助が必要となります。
多くは原因不明です。原因として想定されているものは以下に示すようにさまざまです。感染症(
一般に、重度の精神遅滞の子どもは首のすわりが遅い、座ることができないなど、運動の発達が遅いことで乳児期に気づかれます。
一方、軽度から中等度の精神遅滞の場合には、初めの数年間は正常な発達をしているようにみえ、バイバイをしないことや言葉が出ないことなど、言語や社会性の発達の遅れで気づかれます。
全般的な知能が低いために、日常生活や社会生活に支障を来し、身のまわりのこと(食事、衣服の着脱、トイレでの排便、排尿)が一人でうまくできない、同じ年齢の子どもと遊ばない、といった症状がみられます。小学校に入って、集団生活に適応できないために問題行動が目立ち、初めて精神遅滞に気づかれることもあります。
まず、発達の遅れがあるかどうか、成長障害や身体的な病気の有無も含めて小児科医の診察を受ける必要があります。発達の遅れがあると判断される場合には、知的水準を測る方法として知能検査や行動観察が行われます。これらの検査は、発達の遅れている点を明らかにするだけでなく、子どもの優れた能力を見いだすことにもなります。
専門医であっても、一度の診察や検査で長期的な発達の予測をすることは困難です。時間をあけて診察し、発達の経過も併せて判断することが必要です。合併する身体の病気が予想される場合には、必要な検査を定期的に行うことがあります。たとえば、てんかんの合併が考えられる場合には脳波検査を行います。
治療の中心は教育と訓練です。身体機能訓練、言語訓練、作業療法、心理カウンセリングなどを開始し、現実的で達成可能な目標を定め、教育・訓練を行うことにより、子どものもつ発達の可能性を最大限に発揮させることができます。
心理的な問題に対しては、カウンセリングや環境の調整を行います。十分に行き届いた指導やサポートのためには、個別や少人数集団の、特別な教育環境が必要になります。
長期的には、身のまわりのことが一人でできるようになること、将来の職業につながるような技能を身につけることが目標となります。
合併する身体疾患(てんかんなど)や行動の問題(
精神遅滞の子どもの抱える問題点は、年齢や発達段階によって変化します。大切なことは、年齢や発達の段階によって直面するハンディキャップを理解し、子どもの能力に見合った訓練方法や教育手段を選ぶことです。
小児科医、発達相談、地域の発達支援プログラムなどを利用して情報を得るとよいでしょう。
関口 進一郎
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…以来アメンチアは,外因反応型を呈する疾患,すなわち症状精神病の特徴的な意識障害の一型とされた。なおイギリスでは,amentiaは精神遅滞を意味し,かわってconfusionという言葉が用いられる。【石黒 健夫】。…
※「精神遅滞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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