コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

桑田熊蔵 くわた くまぞう

3件 の用語解説(桑田熊蔵の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

桑田熊蔵 くわた-くまぞう

1868-1932 明治-昭和時代前期の経済学者。
明治元年11月17日生まれ。29年金井延(のぶる)らと社会政策学会を創設。社会改良主義をとなえ,大正元年友愛会の結成時に顧問となる。9年中央大教授。内務省社会局参与などをつとめた。貴族院議員。昭和7年12月10日死去。65歳。伯耆(ほうき)(鳥取県)出身。帝国大学卒。著作に「欧洲労働問題の大勢」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

くわたくまぞう【桑田熊蔵】

1868‐1932(明治1‐昭和7)
社会政策学者。鳥取県生れ。東京帝大法科卒業。同大学法学部,工学部などで工業政策,社会政策を講じ,のちに中大教授となる。社会政策学会(1897設立)の創設者の一人であり,労働組合運動など下からの改良をも積極的に評価する体系的な社会政策論を築いた。またヨーロッパ社会運動の研究においても成果をあげた。内務省社会局参与などを務めて社会諸政策についての調査,起案に力を添え,その実現に尽力した。日本赤十字社済生会産業組合中央会,中央融和事業協会中央社会事業協会中央報徳会などの理事を務めてこれらの事業の育成にあたり,また友愛会の結成に協力するなど,穏健な労働者団体をも支援した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

桑田熊蔵
くわたくまぞう
(1868―1932)

明治・大正期の代表的社会政策学者。明治元年11月17日鳥取県東伯郡倉吉町に生まれる。1893年(明治26)帝国大学法科大学政治学科を卒業。96年金井延(のぶる)らと社会政策学会を創設、同年社会問題研究のためイギリス、ドイツ、フランスに留学。98年帰国し、その成果をまとめて『欧州労働問題の大勢』(1900)を刊行、また、社会政策学会の中心的幹事として運営に尽力した。彼は「一体系としての社会政策学を専攻した」最初の学者であって、社会政策思想を初めて本格的に紹介したのが金井延であるとすれば、その思想の確立に最大の貢献をしたのが桑田である。彼は東大法学科・工科、東京高等工業などの講師、中央大学経済学部の教授・学部長を務め、また1904年(明治37)には多額納税者として貴族院議員になり、以後数多くの政府・各種団体の委員(工場法制定調査委員、内務省社会局参与など)を歴任、社会政策の理論と実践の両域で活躍した。昭和7年12月10日没。なお、論文の主要なものは『桑田熊蔵遺稿集』(1934)に収められている。[多田 顯]
『難波田春夫著『近代日本社会経済思想史』(1973・前野書店)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

桑田熊蔵の関連キーワード浦井鍠一郎鹿島房次郎四方竜文(7代)高見圭司武田九平竹中勝男田中太郎福原鐐二郎松村竜雄森正道

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone