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桜田武 さくらだたけし

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

桜田武
さくらだたけし

[生]1904.3.17. 広島
[没]1985.4.29. 東京
実業家。 1926年,東京大学を卒業し日清紡績に入り,45年社長となった。先輩宮嶋清次郎吉田茂の親交の縁から,吉田およびその門下の池田勇人と親交を結び,政界への発言権を強めた。 64年同紡績会長,70年相談役と,社業からは身を引いたが,財界人として重きをなした。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

桜田武 さくらだ-たけし

1904-1985 昭和時代の経営者,財界人。
明治37年3月17日生まれ。大正15年日清(にっしん)紡績にはいり昭和20年社長,39年会長。また23年日経連の創設とともに総理事,35年代表常任理事として活躍し,49年会長。財政制度審議会会長。昭和60年4月29日死去。81歳。広島県出身。東京帝大卒。
【格言など】企業は公器である。職場に明るい一灯を点じ世の一隅を照す(信念)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

桜田武
さくらだたけし
(1904―1985)

経営者、財界人。広島県沼隈(ぬまくま)郡赤坂村(現福山市)に生まれる。1926年(大正15)東京帝国大学法学部を卒業と同時に日清(にっしん)紡績入社。宮島清次郎社長の薫陶を受けつつ順調に昇進し、1944年(昭和19)専務、1945年12月社長就任。1964年社長退任、会長。1970年会長退任、相談役就任。財界活動としては、初め経済同友会幹事(1946)となるが、1948年に日本経営者団体連盟(日経連。現日本経済団体連合会)が創設されると総理事となり、秩父(ちちぶ)セメント(現太平洋セメント)会長諸井貫一(もろいかんいち)亡きあと、代表常任理事(1960)として日経連のリーダーとなり活躍。1974年日経連会長。1979年同会長を退任し名誉会長。[浅野俊光]
『『桜田武論集 下巻』(1982・日経連)』

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世界大百科事典内の桜田武の言及

【日本経営者団体連盟】より

…しかし組合対策だけが日経連の主要活動ではない。初代代表常任理事諸井貫一(秩父セメント社長,1896‐1968)は経営者啓蒙を第一任務とし,続く桜田武会長(日清紡社長)も78年創立30年記念総会で,経営モラルの確立,人間関係の重視,社会的貢献を創立以来の三大使命に掲げた。なお日経連は,創立当初は代表常任理事制だったが,1949年5月以降は会長制をとっている。…

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