翻訳|isolation
生物学用語。互いに交配可能な個体の集りである集団が種々の原因でいくつかの分集団に分かれ,分集団間で自由な交配が起こりにくくなったり,たとえ交配してもその雑種が不稔や不妊であって,集団間の遺伝子の交流が極度に妨げられることを隔離という。
地理的隔離が種分化に重要な役割を演じているという考えは,古くC.ダーウィンやそれ以前までさかのぼることができる。しかし隔離は地理的に異なった集団には異なった要因による自然淘汰が働くという意味での副次的な役割をもつにとどまらず,隔離こそが種分化の必要条件だとする隔離説Separationstheorieを唱えたのはワーグナーM.Wagner(1868)であった。ギューリックJ.T.Gülick(1872)もハワイ群島の陸産巻貝を集めて研究し,貝の形,色,斑紋について変異が多く,谷ごとに種類が異なり,近くの谷は互いに似ており,遠くなるにつれ違いも大きくなることを明らかにし,種,属の分化に地理的な隔離が重要であると主張した。ローマニズG.J.Romanes(1848-94)も変異,遺伝とともに隔離を重視し,今日いうところの生殖的隔離の立場から生殖器官の構造,生殖時期の相違が種の分化の重要な原因であると主張した。このように19世紀においては隔離が進化に対して果たしている役割が分類学,生物地理学の立場から研究された。
1930年以後遺伝学,とくに集団遺伝学の発展につれ,生物進化を種内変異の発生,分化,変種,地方品種の形成などの漸進的な小進化の蓄積としてとらえ,進化の過程を遺伝学的に説明することが可能となった。隔離についても,進化の過程で隔離を引き起こす要因(隔離機構)が問題とされるようになった(ドブジャンスキーT.Dobzhansky,1937)。隔離機構はドブジャンスキーやその他の人の考えを総合して列挙すると次のようになる。(1)地理的あるいは空間的隔離 生物集団が地理的に離れた場所に生息する場合で,陸上生物が海,山脈,砂漠,河川などの障害によって分けられる場合がその例である。(2)生殖的隔離 同じ場所に生息していても集団間で遺伝子構成が異なるため遺伝子交流が制限または抑制される場合。これはさらに次のように細分される。受精前の隔離 (a)生態的隔離 同じ地域内の違った場所に住む場合で,近縁のチョウでも幼虫の食草の種類が異なる場合などがその例である。(b)季節的・時間的隔離 交尾期や開花期を異にする場合。(c)性的・行動的隔離 雌雄の性的習性が異なる場合。(d)機械的隔離 生殖器官の構造上の差異がある場合。(e)配偶子隔離 一方の精子,花粉管が他種の卵や胚囊に入っていかないか,入っても生存力が弱い場合。受精後の隔離 (a)雑種の生存不能 雑種ができても生存力を欠くかもとの集団の個体に比べ低い適応度しかもたない場合。(b)雑種の生殖不能 雑種は生存できるが不稔または不妊である。(c)雑種崩壊 雑種がF2やそれ以後の世代で生存力や生殖能力を失う場合。
このような隔離機構の考察は,突然変異,自然淘汰,機会的浮動などの進化の要因に関する知識の増大とともに,進化と隔離について次のことを明らかにした。ワーグナー以来の隔離による種の分化に対する近代的説明は,地理的に隔離された異所性allopatric集団において,自然淘汰と機会的浮動のため遺伝子頻度に変化が起こることにより品種は分化し,環境はこの過程を指導する役割を果たす。そして異所性集団は生殖的に隔離されるに至って種の域に達する。生殖的隔離が生じた後は両種は部分的あるいは全面的に同所性sympatricになることもある。
地理的な隔離がなくても同所性集団で種分化が起こるかという問題については,隔離を必ずしも遠い距離とか越えがたい障害による完全なものだけでなく,遺伝子頻度の変化により集団を分化させる自然淘汰,機会的浮動との相対的な強さとして考えるべきで,同所性種形成の可能性はある。ただ問題は生殖的隔離が遺伝的にどのようにしてでき上がっていくかである。生殖的隔離機構の遺伝的解析がショウジョウバエやその他の多くの動植物で近縁種を比較することにより行われ,生殖的隔離の成立に関し,いくつかの同義遺伝子が蓄積していく過程が考えられているが,明確な実験的証明はいまだない。最後に隔離の進化に果たしているもう一つの側面は,これまで隔離されていた種,亜種がその隔離機構の崩壊とともに交雑を通して新しい変異,種の分化につながっていくことで,これは植物に多くの例が見られる。
執筆者:大西 近江
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物学において隔離とは、交配可能な生物集団(個体群)が、さまざまな原因によって分集団に分かれ、それらの間に自由な交配がおこりにくくなったり、交配しても次世代ができにくくなり、分集団間の遺伝子交流(交換)が妨げられる現象をいう。一つの生物集団が二つの部分に分断され、その一方あるいは双方の遺伝的組成に変化が生じ、別種へ分化するには、その分集団間の交配を妨げるなんらかの障壁がなくてはならない。隔離を引き起こす仕組み、すなわち障壁がどのように形成されるかという仕組みを隔離機構という。多様な生物種を互いに違ったものとして存在させてきたのは何なのか、という隔離機構の解明は、この問いを出発点にしている。
隔離機構については、1950年にアメリカの遺伝学者ドブジャンスキーが、空間的分布の異なることによる地理的隔離と遺伝的原因による生殖的隔離を区別して以来、現在もこの区分はほぼ踏襲されている。
地理的隔離とは、ある生物集団の一連の生息地域が、大陸移動や島嶼(とうしょ)化、造山運動、砂漠や氷河の形成などが障壁になって、複数の集団(地域個体群)に分断される場合をいう。何が障壁になるかは、その生物の生活様式、とりわけその移動能力によっても異なる。ただし、いずれにせよ、これは外因であり、それが契機となって種形成がおこると、異所的種形成とよばれる。
生殖的隔離は、交配前と交配後の過程にかかわる機構が区別されている。交配前(接合体形成前)の機構には、(1)生態的隔離 同じ地域にあって生息場所が異なることから生じる場合、(2)季節的隔離 生殖時期(たとえば植物の開花期)がずれることによって生じる場合、(3)行動的隔離(性的隔離) 雌雄の配偶行動に親和性がない場合、(4)機械的隔離 雌雄の生殖器官に構造上の親和性が失われた場合、(5)配偶子不和合性 一方の配偶子が他方の生殖器官内で死滅する場合、などがあげられる。
交配後(接合体形成後)の機構には、(1)雑種死滅・弱勢、(2)雑種不稔(ふねん)、(3)雑種崩壊 F2(孫世代)以降の死滅・弱勢、などが知られている。このような生殖的隔離の機構は、基本的には同所的種形成の原因となりうるものである。
地理的隔離にはゾウガメの例がある。ガラパゴス諸島に分布し、その島名の由来にもなっているゾウガメはGeochelone elephantopusという同一種に属するが、甲らの形や色、肢(あし)や頸(くび)の長さなどの違いから15亜種に分けられている。各島にそれぞれ独自の亜種が分布(うち4島ではすでに絶滅)、最大のイサベラ島(アルベマール島)にはその五つの火山の山麓(さんろく)に5亜種がいる。これらの亜種は、甲らの前方がくびれ頸の長いタイプと、甲らがドーム形で頸の短いタイプに大別される。前者は乾燥地にいて、多少背の高い低木やウチワサボテンを食べている。後者は湿気の多い島にいて、草や背の低い低木を食べている。イサベラ島の火山はかつて独立した島であったとみられるので、これらの亜種は、おそらく南アメリカ大陸由来の祖先種がそれぞれの島に隔離され、その環境に応じて独自に分化したと考えられている。ダーウィンが最初にこの現象に注目して以来、これは地理的隔離の有名な例になっている。このように、初めに地理的隔離が生じる場合もある。
もう一つ、北極を取り巻いて分布しているカモメ属Larusの例を示す。イギリス付近ではセグロカモメL. argentutusとコセグロカモメL. fuscusが重複して分布する。この2種は互いに交配可能ではあるが、自然状態では交配しないことが知られている。そして分布域の東へ行くほど、コセグロカモメよりもセグロカモメに類似した形質をもつ集団が互いに接して分布していて、それらは7亜種に分けられている。
しかし、それらはかならずしも環境条件に対応した地理的勾配(こうばい)を示しておらず、行動・生態的な差異によって生殖的隔離が生じているとみなされている。そのような差異が生じた原因は、十分には解明されていないが、地理的隔離はここでは考えられない。
新しい種(もしくは亜種)の形成には、集団の地理的隔離が必要な前提条件と考えられた時期もあったが、現実にそれでは説明できない例も数多くあり、同一地域でさまざまな隔離の生じた例は、かつて考えられていたよりははるかに多いとみられる。日本でも琵琶(びわ)湖のアユの分化の例がそうであるし、アフリカのビクトリア湖、マラウイ湖、タンガニーカ湖などには、湖が形成されてせいぜい数百万年の間に少数の祖先種から種分化してきた著しく多様な形態・生態を示すカワスズメ科の魚類がいる。これらは同所的種形成の仕組みについて豊富な示唆を与えるはずのものであろう。
生殖的隔離は、生物学の概念としてはきわめて明確に定義されるが、現実に生息している生物集団において、それがどうなっているかを把握することは、かならずしも容易ではない。
まして、多様な生物種の存在を維持してきた仕組みとなると、種の概念とともに生物学の基本に触れる奥深い問題といわねばならない。
[遠藤 彰]
検疫法(昭和26年法律201号)により規定されている処置の一つで、海外から日本に来航した人々のなかに、検疫感染症(検疫伝染病)の患者が発見された場合、それによって感染症(伝染病)が広がるのを防ぐため、患者、保菌者、疑似患者など他人に感染させるおそれのある者を一定の期間、一般の社会生活環境から切り離して生活させることをいう。収容場所は厚生労働大臣等が指定した、感染症指定医療機関。ほかに、経過観察のために一定期間隔離する停留という処置もある。この収容、隔離、治療に伴う費用は公費で負担(市町村、都道府県、国で分担支弁)される。病気が治癒したのち隔離が解除されるのは、たとえば糞便(ふんべん)によって感染する伝染病では、48時間以上の間隔で連続2回検便し、病原体が検出されなかった場合であり、呼吸器系の伝染病では、鼻咽喉(びいんこう)粘液の検査が24時間以上の間隔で同様に行われる。
かつては伝染病予防法においても、隔離処置が規定されていたが、一律に法律で強制隔離することの矛盾が指摘され、1999年(平成11)に同法は廃止、かわって施行された感染症予防・医療法(感染症法)では、特定の感染症患者などに対し、「指定医療機関へ72時間の入院勧告ができる」との表現となり、それを超えて入院継続の必要性を判断する際は、保健所ごとに設置する協議会の意見によることになった。
なお、老人病院や老人ホームなどで、疥癬(かいせん)(ヒゼンダニが皮膚に寄生する皮膚病)の患者が発見された場合も、治癒するまで1人部屋に隔離することが一般に行われている。
[柳下徳雄]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…魚類では古代魚として知られるガーパイクが生息し,ハイレンなども代表的なものであろう。
[南アメリカ]
メキシコ以南の中央アメリカを含めた南アメリカは,動・植物相ともに生物地理区上の新熱帯区に含まれ,動物では新生代第三紀に他の大陸から隔離されていたために,広鼻猿類,貧歯類,有袋類,ハチドリ類などの仲間の特徴的なものが分布している。植物では旧熱帯区と共通のものも多いが,サボテン科,カンナ科,リュウゼツラン属,キミガヨラン属などの固有種がみられる。…
… 防衛機制にはさまざまなものがあるが,どの防衛機制をもっぱら優先的に用いるかによって,個人の性格も違ってくるし,防衛機制が破綻したときに(防衛機制はもともと不合理なものだから,成功したとしても一時逃れだが)生じる精神疾患の種類も違ってくる。たとえば〈抑圧〉とヒステリー,〈反動形成〉および〈分離(隔離)isolation〉と強迫神経症,〈投射(投影)〉とパラノイアは関係が深いといわれる。防衛機制のもっとも基本的なものは,自我を脅かすふつごうな観念や感情を無意識へと追いやる〈抑圧〉であるが,抑圧したからといってそれらの観念や感情は消滅しないので,さらにいろいろと防衛機制が必要となる。…
… 防衛機制にはさまざまなものがあるが,どの防衛機制をもっぱら優先的に用いるかによって,個人の性格も違ってくるし,防衛機制が破綻したときに(防衛機制はもともと不合理なものだから,成功したとしても一時逃れだが)生じる精神疾患の種類も違ってくる。たとえば〈抑圧〉とヒステリー,〈反動形成〉および〈分離(隔離)isolation〉と強迫神経症,〈投射(投影)〉とパラノイアは関係が深いといわれる。防衛機制のもっとも基本的なものは,自我を脅かすふつごうな観念や感情を無意識へと追いやる〈抑圧〉であるが,抑圧したからといってそれらの観念や感情は消滅しないので,さらにいろいろと防衛機制が必要となる。…
※「隔離」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新