改訂新版 世界大百科事典 「植物生長調節剤」の意味・わかりやすい解説
植物生長調節剤 (しょくぶつせいちょうちょうせつざい)
農作物などの生理機能を増進あるいは抑制するために用いられる薬剤。植物の発芽,発根,生長,花芽分化,開花,結実,落葉,落果などきわめて多岐にわたる生理現象が制御・調節の対象となり,またそのための薬剤が多数開発されている。現時点では,この種の薬剤が,使用されている農薬のなかで占めている割合は約2%前後とまだかなり低いものではあるが,将来その利用範囲が広まることが期待されている。
現在のところ,実用化されている植物生長剤としては,次のような薬剤が知られている。合成オーキシン系の薬剤は,広く植物生長調節剤として用いられる。インドール酪酸は,挿木,挿芽における発根促進剤(発根剤)に用いられる。α-ナフチルアセトアミド(商標名ルートン)も発根促進剤として,またリンゴ,ナシの摘果,ブドウの熟期調節に,p-クロロフェノキシ酢酸(商標名トマトトーン)や4-クロロ-2-ヒドロキシメチルフェノキシ酢酸ナトリウム(商標名トライロントマト)はナス,トマトの着果剤として用いられる。またα-ナフタレン酢酸(NAA)は発根促進剤,ミカンの着果剤,摘果剤として有効性が認められていたが,現在では製造されていない。5-クロロ-1H-3-インダゾリル酢酸は発根剤,そのエチルエステルはミカンの摘果および熟期促進に用いられている。マレイン酸ヒドラジド剤はタバコの腋芽(えきが)発生抑制剤,タマネギ,ジャガイモの発芽抑制剤として使用されている。植物の生長抑制剤(矮化剤ともよぶ)には,コハク酸-2,2-ジメチルヒドラジド(商標名B-ナイン),α-シクロプロピル-α-(4-メトキシフェニル)-5-ピリミジンメタノール(アンシミドール,商標名スリトーン),トリメチルクロロエチルアンモニウムクロリド(CCC)などが知られる。この薬剤で植物を処理すると,生長だけが抑制され,葉や花などの大きさはあまり変化せず,いわゆる矮化がひきおこされる。2,4-ジメチル-5-(トリフルオロメタンスルホンアミド)アセトアニリド(商標名エンバーク)はシバの草丈抑制剤として用られる。
また植物ホルモンの一つであるジベレリン(主として発酵法で大量に製造されるジベレリンA3(GA3)が使われる)は,ブドウとくにデラウェア種,マスカット・ベリーA種などの単為結果による種なし化に広く用いられるほか,その他のブドウやナシの果実肥大,園芸植物における開花促進などに用いられる。植物ホルモンの一つであるサイトカイニンの合成同族体,6-(N-ベンジル)アミノプリン(ベンジルアデニン,商標名ビーエー)は,ブドウの花ぶるい防止,尻上り防止にジベレリンと混合して使用される。エチレンは最も簡単な化学構造を有する植物ホルモンで,多岐にわたる生理現象の発現に関与していることが知られている。したがって,容易にエチレンを発生する薬剤,例えば2-クロロエチルホスホン酸(商標名エスレル)などが,植物生長調節剤として開発された。エスレルはpH4以上で容易にエチレンを放出し,果実などの着色促進,熟期促進,落葉促進効果を示す。なお,植物ホルモンの1種であるアブシジン酸は,現在植物生長調節剤として使用されてはいないが,今後実用化が期待されている。
→植物ホルモン
執筆者:高橋 信孝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報