改訂新版 世界大百科事典 「ヤナギ」の意味・わかりやすい解説
ヤナギ (柳)
willow
Salix
ヤナギ科ヤナギ属Salixに属する植物の総称。湿った場所を好む落葉性の高木または低木で,北半球の温帯・亜寒帯を中心に約300種が生育する。日本には32種がある。また種間雑種が多数報告されている。葉は互生し托葉がある。葉で種を区別するのは難しいが,托葉は種の識別形質として有効な場合が多い。雌雄異株。花は春,穂状または尾状の花序につく。花序の形や大きさは種ごとに特徴がある。花は花被をもたず腺体があって,みつが分泌され,虫媒花である。雄花のおしべは通常2本。冬芽は合着した2枚の芽鱗につつまれる。
(1)アカメヤナギS.chaenomeloides Kimuraは冬芽の芽鱗が背側でのみ合着し,腹側では重なり合っているのが特異的である(日本産の他のヤナギはすべて背腹両面で合着した芽鱗をもつ)。若葉が著しく赤みを帯びるので,アカメヤナギという。葉は広楕円形,裏面は粉白色。托葉は大きく半心形で,鋸歯に腺が目だつ。本州(仙台以南),四国,九州の河岸に普通にみられ,朝鮮と中国大陸にもある。幹は高さ15mに及び,材は家具用などに利用される。中国ではみつ源植物としても利用される。
(2)ネコヤナギS.gracilistyla Miq.は日本全国にごく普通に見られる種で,川辺の湿った場所に多い。よく分枝する低木で高さは3mまで。春先最も早く開花するヤナギの一つで,長楕円形の雄花序は銀白色でよく目だつ。いけばな用の素材として多用される。若葉は絹毛におおわれて白い。葉は長楕円形。托葉は半心形で長さ0.6~1cm。
(3)カワヤナギS.gilgiana Seemenはネコヤナギとともに平野部の川辺に多い種で,日本全国に分布する。葉はネコヤナギより細く長楕円状披針形。托葉は披針形。花序は長楕円形でネコヤナギより細い。
(4)シバヤナギS.japonica Thunb.は東京近郊の低山地に多い種で,成葉はカワヤナギに似ているが,花序が細長く尾状に伸びる。若葉は赤みを帯びる。托葉は披針形。西は静岡県,北は福島県まで分布する日本特産種である。
(5)ヤマヤナギS.sieboldiana Bl.は関西以西の丘陵地に普通な種で,日当りのよい斜面に多い。高さ1m程度の低木。葉は楕円形で裏面は粉白色。花序は細長い円柱形。
(6)キツネヤナギS.vulpina Anderss.は関東以北の丘陵地に普通な種で,ヤマヤナギ同様日当りのよい斜面に多い。高さ1m程度の低木。葉は楕円形または倒卵形でヤマヤナギに似ているが,葉の裏面に黄褐色の毛がある。花序は細長い円柱形。
(7)ミヤマヤナギS.reinii Fr.et Sav.は高山・亜高山性のヤナギで,ミネヤナギともいう。よく分枝し,砂れき地などでは矮性(わいせい)化して高さ30cm程度。林縁部では樹高3~5mに及ぶ。葉は広楕円形でヤマヤナギやキツネヤナギに似るが,花序は短い円柱形で短柄がある。本州中部以北に分布。
(8)コリヤナギS.koriyanagi Kimuraは柳ごうりを作るために川辺に栽培される。朝鮮半島原産。葉は広線形で全縁,しばしば偽対生となる。
(9)シダレヤナギS.babylonica L.var.lavalleiDole(英名weeping willow)とウンリュウヤナギS.matsudana Koidz.はいずれも樹高15mに及び,街路樹や川辺の並木として広く栽培される。両種ともに中国原産で,細い枝は長く下垂し,葉は披針形,尾状鋭尖頭である。ウンリュウヤナギは通常小枝がねじれる系統cv.Tortuosaが栽培される。
ヤナギ類は生育の速い樹であるが,大木になる種でも材が軟質で,特殊な用途にしか使われない。しかしコリヤナギはすらりと伸びた枝を,柳ごうり作りなどに利用する。
執筆者:矢原 徹一
民俗,象徴
日本
柳は生命力に満ち,春一番に芽ぶくため,正月には餅花をつけたり,これで柳箸(やなぎばし),削掛け,粟穂稗穂(あわぼひえぼ)などを作って豊作や健康を祈る風がある。《万葉集》にも柳を蘰(かずら)や挿頭(かざし)にすることが詠まれており,古くから長寿や繁栄の呪い(まじない)とされていた。小正月に柳の若木を焚いて餅をあぶって食べると若返るといったり,柳箸や楊子(ようじ)を使うと歯がうずかないというのも,柳が呪力(じゆりよく)をもつ神聖な木とされたからであろう。また苗代に稲種をまいた後に,柳を田の神の依代(よりしろ)として水口にさして祭る風も広く見られ,古く《万葉集》にも〈青楊の枝伐りおろし斎種(ゆだね)蒔き……〉とうたわれている。また柳は村境や町はずれに植えられ境界の目印とされたり,橋の側や遊郭の出入口には見返りの柳が植えられ,この世と異界の境を示す象徴とみられた。このため,柳には幽霊や妖怪が出没するという伝説が伴っていることが多い。とくに,枝垂(しだれ)柳は他の木とちがって枝が下に垂れており,神霊の降臨する神の木とされた。三十三回忌や五十回忌の最終年忌がすむと,弔い上げに柳のうれ付き(芽や葉が出た枝)塔婆を墓に立て,これが根づくのを成仏の印とみる風も広い。柳を焚くと屍臭(ししゆう)がするとか,柳を切ると幽霊が出るといった柳に関する俗信は多いが,柳を屋敷に植えたり家の建材として使うことも忌まれている。
執筆者:飯島 吉晴
中国
柳と〈楊〉(主としてハコヤナギ属をさす)は,ともに水辺を好み,合わせて楊柳という。春に一斉に青い芽をふくので生命力の象徴とみなされ,転じて邪気をはらう呪力をもつ植物とされた。早春の寒食や清明などの節日には,家々では競って柳の枝を買って門や軒端に挿し,あるいは枝を髪に結んだり輪にして頭にいただいたりした。これに類するのが〈折楊柳〉の習俗で,親戚知友が遠方に旅立つときには,城外まで見送り,水辺の柳の枝を折り取り環(わ)の形に結んで贈った。〈環〉は〈還〉で,旅人の無事帰還を祈る意味とされているが,実際には日本の魂(たま)むすびの古俗と同じく,旅人が旅に疲れて魂を失散させないよう,しっかりとつなぎとめる意味であった。柳は水に縁があるので雨乞いにも用いられた。観音菩薩は柳の枝で浄瓶(じようびよう)の水をまき雨を降らせるので〈楊柳観音〉の称があり,また民間の雨乞習俗でも,百姓が柳の輪を頭にいただいて水源に水を取りにいくことが行われた。
執筆者:沢田 瑞穂
ヨーロッパ
ホメロスの《オデュッセイア》によると,オデュッセウスは冥界の入口アケロン川のほとりで柳の木を見たとされる。また旧約聖書の《詩篇》でも,〈バビロンの流れのほとりの柳に琴をかけ,われらは涙を流した〉とある。このように柳はヘレニズム文化においてもヘブライズム文化においても,死と嘆きを連想させる。実際,英語におけるwear the willow(柳の枝葉でつくった冠をかぶる)という表現は〈愛人の死を嘆く〉という意味に使用される。
柳は幹さえ傷つけなければ,新しく生えてきた枝を,編籠用などにいくら切っても枯れはしないという習性をもっている。ここからキリスト教では柳を福音のシンボルとした。というのも,キリストのことばは異教の地でいかにはばまれても,なんら損なわれることなく生長し続けるからである。また,ラテン語で柳を意味するvimenは〈しばるもの〉という意味でもあり,それゆえ柳はカシの大木で象徴される頑固な情欲を制御する節制の徳にたとえられる。
執筆者:山下 正男
ヤナギ科Salicaceae
双子葉植物。系統上とくに近いものはなく,1科のみで独立のヤナギ目とされる。すべて木本で,葉は互生し単葉,1対の托葉がある。花序は穂状または尾状で多数の小さな花が密生する。花は単性で雌雄異株。花被はなく鱗片状の包葉の腋(えき)におしべまたはめしべがつく。おしべやめしべの基部には普通1~2個の腺体があり,みつを分泌する虫媒花である(ケショウヤナギ属だけは雌花にみつ腺を欠き風媒)。子房は1室で中に多数の胚珠があり,熟すと蒴果(さくか)となる。花柱は2裂する。種子には基部に長い毛があり,風に運ばれて散布される。種子の毛には水をはじく性質があり,水辺に生える種では水に運ばれて散布されることもある。種子は水面に落下するとすぐに吸水し,発芽をはじめる。
ヤナギ科はおもに北半球の温帯から亜寒帯にかけて分布し,アフリカや南アメリカにも少数の種があるがオーストラリアにはない。4属に分類される。ヤマナラシ属(ポプラ属)は35種を含み,冬芽に多数の芽鱗がある。他の3属では2枚の芽鱗が合着して帽子状に冬芽をおおう。ヤナギ属は約300種からなる大きなグループであるが,オオバヤナギ属,ケショウヤナギ属はともに1種からなる単型属である。ヤナギ属,ヤマナラシ属には北半球の温帯・亜寒帯域の代表的街路樹となるシダレヤナギやポプラ類が所属する。またヤナギ科の材は軟らかく建築用には適さないが,生長が早いので家具,器具,マッチ棒などをつくる用材として利用されている。
執筆者:矢原 徹一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報