音楽形式の意。特に明確に意識されるのは西洋音楽においてである。音楽には造形芸術と違って眼に見える形というものは存在しないが,時間の流れにおいて成立する部分と部分の相互関係,部分と全体の統一関係という意味では,形式はきわめて重要な要素である。形式のない音楽はありえない。内容に対する形式,美的原理としての形式,といった次元では美学的考察の対象となるが,ふつう楽式という場合は,楽曲を構成する基本的骨格をさす。形式は民族や時代,さらにはジャンルや楽曲の規模によってもさまざまで,厳密には一つとして同じものは存在しない。しかしそこにおのずと法則にかなったいくつかの類型が生まれてきて,これがいわば慣習法となる。作曲家はこの一定の書式に従って全体の設計を行うが,そうしたものにとらわれないでまったく独自の構想を練ることもある。
楽式を説明する理論を楽式論という。これは特に,比較的均整のとれた規則的な楽節構造をもった古典派以後の音楽を対象とする。楽式には基礎楽式と応用楽式があるが,その区別は必ずしも明確でない。一つには前者を楽節や何部形式といった最も基本的な構成単位として,後者をソナタ形式のようなそれらの複合形式として考える場合もあれば,もう一つには前者にいろいろなジャンルで使われるあらゆる共通の構成法を含め,後者をソナタや協奏曲といったジャンル形式としてとらえる見方もある。ここでは2番目の意味での基礎楽式にふれる。
まず音と音の関係から始まって,より大きな単位である楽節が問題となる。楽節は小節,部分動機,動機,小楽節,大楽節という各次元から構成される。大楽節は典型的な場合8小節から成り,それ自体でまとまった旋律である。次の段階から楽式の問題となるが,これには大別して以下の6種がある。(1)リート形式 1部形式,2部形式,3部形式をさす。本来単純な歌曲の形式であるところからこの名がある。1部形式は一つの大楽節から成る。2部形式は二つの大楽節から成り,その構成法にはAA,AA′,ABの3種が考えられる。3部形式では対照的な中間部を介して第1部が再現される(ABA)。複合2部形式と複合3部形式は,各部分がそれ自体2部以上から成る場合をいう。これは舞曲などに多い。(2)ロンド形式 主題(A)がエピソード(B,C。クープレともいう)をはさんでたびたび回帰する形式。大ロンド(ABACABA)と小ロンド(ABACA)がある。リトルネロ形式とも似ているが,主題が常に主調で繰り返されるところが異なる。起源はある種の歌曲や舞曲にあるが,特にフランスのクラブサン楽派以後定着し,古典派のソナタなどの終楽章で多用された。(3)ソナタ形式 前古典派以後の器楽で最も重要な形式。提示部,展開部,再現部(最後にコーダがくることもある)から成る一種の3部形式だが,対照的な性格の複数の主題が大規模に展開されることと,近親調から遠隔調を経て主調に戻る有機的な調設計に特色がある。(4)ロンド・ソナタ形式 ロンド形式の回帰の原理とソナタ形式の発展の原理が統合された複合形式。ロンド形式のCの部分が展開部に相当する。(5)変奏形式 主題を提示し,続いてそれに一連の変化を加えていく形式。装飾変奏と性格変奏がある。変奏されるのは,旋律に限らずリズム,和声,音色などあらゆる要素に及び,調も一定でない。(6)フーガ 対位法の最高の段階。一つの主題が特定の調設計に従って各声部で模倣対位法的に展開されていく。主題が二つあれば二重フーガという。フーガは一定の対位法書式であると同時に,一つのジャンルあるいは一つの技法である。
楽式はこれらに限られるものではなく,もっと古い音楽や各民族の音楽にもそれぞれに固有の特色を備えた形式がある。ヨーロッパでは18世紀後半に楽式論が成立し,以後啓蒙的ないし教育的要請もあって大きく発展した。一方現在では,音楽形式はあまり静的な枠組みにとらわれずに,むしろ形成の過程としての動的な側面が強調されている。
執筆者:土田 英三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
楽曲を構成する基本的原理を意味する音楽用語。音楽形式という場合もあるが、音楽形式には、(1)音素材や音楽内容に関して美学的見地からみた原理、(2)歴史的、経験的に形成されてきた個々の楽曲の具体的形式、の2種類の概念があり、厳密には後者に限って楽式と同義になる。そういった楽曲の構成原理は、あらゆる民族や時代によってさまざまであるが、楽式という場合、その対象はほとんど西洋の芸術音楽に限られる。この意味をもつ楽式はさらに「基礎楽式」と「応用楽式」とに大別され、言及されることができる。
[黒坂俊昭]
旋律を中心に音楽をみた場合、その最小の単位は動機であり、それが発展して小楽節、さらに大楽節が形成される。通常、動機は2小節からなり、それが二つずつ組み合わされてできる小楽節と大楽節とは、それぞれ4小節と8小節とからなる。こうして構成される8小節の構造は「大楽節構造」とよばれ、音楽のもっとも基礎的なまとまりとして取り扱われる。この大楽節構造を基に基礎楽式は、その数に応じて、一部分形式(大楽節が1個)、二部分形式(2個)、三部分形式(3個)の3種類の形式が成立する。一部分形式は大楽節構造そのものであるが、二部分形式はその構造上、次の三つのタイプに分けられる。(1)反復 同一の大楽節が繰り返される(a―a)。(2)対照 異なる大楽節が組み合わされる(a―b)。(3)修飾的反復 後ろの大楽節が変化しながら反復する(a―a′)。また三部分形式は、提示―対照―再現という統一をもっているが、再現において正確な反復がなされる場合は「機械的再現」(a―b―a)、修飾的に反復がなされる場合は「修飾的再現」(a―b―a′)とよばれる。これらの構成の原則はさらに複雑になり、より大きな楽式の形成原理の基となる。
[黒坂俊昭]
楽曲全体にわたる構成上の原理のことで、その重要な形式は次のように分類される。
反復形式 これは、最初に一つの楽想を提示し、それを変奏して反復するか、あるいは性格の異なる部分を挟んで反復するかによって構成される形式で、楽想の部分的対照と最初の楽想への帰結を、その統一の原理としている。
連続形式 おもに声楽ポリフォニーにみられる形式。部分的対照や反復よりも並列的連続性が重んぜられ、反復形式のように形式を図式化することはできない。
多楽章形式 単一楽章に関する諸形式の楽曲を数曲まとめ、より大きな一つの楽曲を形成する形式。楽曲ジャンルといっても差し支えない。したがって、それらの用語がそれぞれの楽曲を表す表題となる場合も非常に多い(モーツァルト作曲ピアノ・ソナタ ハ長調、バッハ作曲『マタイ受難曲』など)。
なお、現代の音楽においては伝統的な楽式の概念は軽視され、さらには拒絶さえされている。現代の音楽は形式としてとらえられるのではなく、形式をつくりだす過程として把握されるのである。
[黒坂俊昭]
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