デジタル大辞泉 「ソナタ」の意味・読み・例文・類語
ソナタ(〈イタリア〉sonata)
[補説]書名別項。→ソナタ
1600年前後に成立した器楽の一ジャンル。概して数楽章から成る独奏ないし重奏のための純粋器楽。とくにバロック・ソナタと古典派,ロマン派のソナタは重要で,それぞれの時代に特有の一定の型があった。古典派以降の三重奏以上の室内楽は一般にこの名称をもたないが,広義にはソナタに含まれる。また交響曲も管弦楽のための一種のソナタである。比較的演奏が容易で小規模なソナタはソナチナsonatina(複数形ソナチネ)と呼ばれる。
ソナタの語源はイタリア語の動詞ソナーレsonare(〈鳴り響く〉〈楽器を奏する〉)の過去分詞女性形の名詞化。ソナタは元来,楽器で演奏するための曲一般を指していたにすぎず,その意味でカンターレcantare(歌う)を語源とするカンタータと対をなすものとして考えられた。バロック時代にあっても特定のジャンル名として完全に確立されていたわけではなく,しばしばカンツォーナ(カンツォーネ)やコンチェルト,シンフォニアなどの語と混用された。一つのジャンルの名称としては,直接には,バロック・ソナタの前身である合奏カンツォーナがカンツォーナ・ダ・ソナーレcanzona da sonare(〈楽器で演奏するためのカンツォーナ〉の意)と呼ばれたことから始まるとされる。日本では奏鳴曲と訳されたが,現在ではあまり使われない。
ソナタの社会的機能や様式,形式,編成は時代とともに変化してゆくが,大別して以下の4期に分けて考えることができる。
ソナタはルネサンス末期の多声の合奏カンツォーナを基盤としてイタリアで生まれ,やがてヨーロッパ各国に広まっていった。初期のものは,ベネチア楽派の二重合唱様式で書かれたG.ガブリエリの《ピアノとフォルテのソナタ》(出版1597)のように,対位法的なカンツォーナとの区別があいまいなものが多いが,やがてモノディの原理が器楽にも浸透するに及んで,本格的なバロック・ソナタが誕生した。これは,教会,宮廷,劇場という当時の音楽における三つの主要機能もしくは様式のうち,おもに教会と宮廷のために書かれた。この二つの機能に対応して〈教会ソナタ〉(ソナタ・ダ・キエザsonata da chiesa)と〈室内ソナタ〉(ソナタ・ダ・カメラsonata da camera)の二つの型が成立した。これらの名称はメールラTarquinio Merula(1594か95-1665)の作品12の曲集《カンツォーナ,または教会および室内のためのソナタ・コンチェルタータ》(出版1637)に始まるが,それぞれやがてある特定の楽章構成と様式をもったソナタを指すにいたる。とくに重要なのは,本来,教会でミサその他の礼拝時に演奏された教会ソナタで,これはカンツォーナ風の多部分構成がしだいに整理された結果,緩・急・緩・急という互いに対照的な様式の4楽章を基本とするようになった。典型的な場合,最初の緩の部分は重厚で和声的ないし対位法的な様式,続く急はフーガ風の模倣対位法,二つ目の緩は舞曲風の和声的様式,そして最後の急は舞曲風の主題によるフーガで書かれた。この楽章構成はコンチェルトなど他のジャンルにも適用された。それに対して,宮廷の娯楽や私的な演奏会など,世俗的な目的のために書かれた室内ソナタは舞曲を中心とする組曲であった。これら二つの型はやがて様式的混合がなされ,相互の区別がなくなってゆく。これらのソナタを完成させたのは17世紀後半のローマのコレリで(作品1と3,そして5の前半が教会ソナタ,作品2と4,そして5の後半が室内ソナタ),その影響は各国に及んだ。
バロック・ソナタは声部数の上から次の4種に分けられる。(1)1声部で書かれた無伴奏の独奏ソナタ ボヘミア出身のビーバーHeinrich Ignaz Franz von Biber(1644-1704)によるバイオリン・ソナタ(1676ころ)が現存最初の例で,J.S.バッハの無伴奏バイオリンのための3曲(1720ころ)がとくに有名だが,全体に作品数はわずかである。(2)旋律と通奏低音のための2声部で書かれた独奏ソナタ 独奏楽器(おもにバイオリン)と二つの通奏低音楽器(チェロなどのバス楽器と和声充塡のための鍵盤楽器)の計3人で演奏される。バロック初期から存在し,ミラノのチーマGiovanni Paolo Cima(1570ころ-1622以後。作品の出版1610)やベネチアのマリーニBiagio Marini(1587ころ-1663。出版1617)らのバイオリン・ソナタが現存最初の例。コレリの作品5(出版1700)をはじめ作品数は多い。なお2声部から成るソナタとしては,18世紀以降主流を占める独奏クラビーアのためのソナタもこれに含まれる。その最初の例はシチリアのデル・ブオーノGioanpietro Del Buono(出版1641)に見られる。ライプチヒのクーナウの三つの曲集はよく知られ,とくに《聖書ソナタ》(出版1700)はこのジャンルにおける標題音楽の最初期の例として有名。(3)ほぼ同じ音域の2声部と通奏低音から成るトリオ・ソナタ 上2声はバイオリンあるいはビオル,ツィンク(コルネット),リコーダー,フラウト・トラベルソ,オーボエなど,通奏低音はチェロもしくはビオラ・ダ・ガンバ,ビオローネ,ファゴットなどと,チェンバロもしくはオルガン,テオルボなどの計4人で演奏される。この型はバロック・ソナタの主流を占めるが,チーマ以後,コレリの作品1~4(出版1681-94)をはじめ,パーセル,ヘンデル,クープランなど各国の大家の作品がある。また,オルガンの3声部のためのトリオ・ソナタはJ.S.バッハに例がある。さらに,一つの旋律楽器と鍵盤楽器(左手の通奏低音と右手の旋律声部の2声)とで演奏する新しい型の二重奏もあった。この型はマリーニの作品8(出版1629)に始まり,バッヘルベルやバッハのバイオリン・ソナタなどに例がある。しかしこの型が本格的な発展をみるのは,通奏低音が本来の役割を失いつつある古典派になってからである。(4)4声部以上のソナタ G.ガブリエリの三つのバイオリンとバスのためのソナタ(出版1615)があるが,概して小オーケストラのためのものである。
前古典派を含めて1730年代から19世紀初頭にかけてのソナタは,しだいに教会を離れ,一方では宮廷音楽として存続しつつ,他方では市民階級の台頭とともに受容の範囲を飛躍的に拡大していった。とりわけ楽譜出版と私的および公的な演奏会の増加にともなって,一般愛好家の娯楽音楽もしくは生徒の練習曲として,また職業音楽家の技量の見せどころとして,さらには種々の演奏会の曲目としての性格を強めてゆく。またバロックから古典派にかけては,〈ロココ〉〈ギャラント(艶美)〉〈多感〉などさまざまな様式段階を経て,純粋器楽の近代的な語法が確立されていった時期でもある。通奏低音の後退,均整感のある新しい旋律法,有機的な和声構造,個人的感情の深く激しい表現,ソナタ形式の成立などは,まさにソナタの発展史そのものである。この時代のソナタは,弦楽四重奏など3人以上の室内楽を別とすれば,独奏クラビーアのためのソナタ,独奏とクラビーアのための二重奏ソナタの2種が主流を占める。使用されるクラビーアはチェンバロから,より柔軟で繊細なクラビコード,そしてさらに多様な表現力をもつピアノへと移行した。
とくにクラビーア独奏ソナタでは,これらの楽器の演奏技術に大きな発展がみられる。二重奏ソナタはとくにバイオリン,次いでチェロなどの旋律楽器のための作品が多い。初めはクラビーアの方が主導的であったが,しだいに独奏声部も対等な役割をもつようになり,ベートーベンにいたって音楽的にも技術的にもきわめて高度な二重奏が出現した。楽章構成については,前古典派では単一楽章や2楽章のものもあったが,やがて急・緩・急の3楽章が標準となる。すなわちソナタ形式の第1楽章,リート形式またはソナタ形式,変奏形式の緩徐楽章(第2楽章),そしてロンド形式またはソナタ形式,ロンド・ソナタ形式,あるいは変奏形式(終楽章)というシンフォニア風の構成である。盛期古典派では,交響曲と同様,舞曲楽章としてメヌエットが,さらにベートーベンではスケルツォが組み入れられ,4楽章のソナタも出現した。
作曲家としては,前古典派ではさまざまな楽派が独自の様式を形成していったが,とくにイタリアのG.B.サンマルティーニ,D.アルベルティ,L.ボッケリーニ,スペインで活躍し550を超える鍵盤ソナタを残したD.スカルラッティ,スペインのA.ソレル,ウィーンのG.C.ワーゲンザイル,マンハイムのJ.シュターミツ,北ドイツの多感様式の代表者フリーデマン・バッハ,ハイドンに影響を与えたエマヌエル・バッハ,J.G.ミュテル,パリのJ.ショーベルト,ロンドンで活躍し若いモーツァルトに影響を与えたJ.C.バッハ,そしてベートーベンに影響を与えたM.クレメンティらの名はよく知られている。盛期古典派では,クラビーア・ソナタの傑作群がハイドン(五十数曲),モーツァルト(25曲),ベートーベン(32曲)の3巨匠によって生み出された。とりわけベートーベンの一連のソナタは古典派の枠を踏み越えた種々の新機軸を打ち出し,19世紀室内楽の模範となった。
19世紀のソナタは,娯楽,教育,私的な音楽会等における意義をますます増大させていったが,とくに七月革命の1830年以降は,多くの聴衆を集めた公開演奏会の花形となった。作曲家兼演奏家が各地を旅行しながら難曲を披露しては大向うの喝采を浴びる,というパターンが成立した。しかしソナタの創作そのものは,少なくとも量の上ではシューベルトの二十数曲のピアノ・ソナタを最後に,急速に減少してゆく。かわって登場してきたのが,自由な形式の性格小品である。この事実は,ソナタというジャンルが作曲家に重要視されなくなったからではなく,むしろ作曲家の創作力,芸術家としての能力がそこで試されるというある種の重みを担わされるようになったことを意味している。様式や編成の点では基本的に古典派の延長線上にあるが,ピアノをはじめ楽器の演奏技巧上の可能性が大きく広げられ,和声の色彩的用法が著しくなり,またベートーベン以後,形式も全曲の緊密な統一感を強調する新しい意匠を帯びるにいたった。ベートーベンの影響を直接受けた作曲家としては,古典的形式の中に旋律を心ゆくまで歌い込めたシューベルト,詩的な要素を重んじつつ主題の論理的操作を独自のピアノ書法で追求したシューマンとブラームスらがいる。他方,ショパンは彼の個性的なピアノ奏法に密着した華麗な様式の3曲を残し,リストは《ロ短調ピアノ・ソナタ》で動機の巧みな操作に基づく単一楽章の新しい形式原理を打ち出した。
18世紀以来ソナタの構成原理は調性や和声の有機的な連関に基づいていたが,20世紀に入ってその調性体系に変質をきたし,新しい音楽語法・作曲技法が出現するにおよんで,その存在意義はあいまいになってしまった。大別して以下の四つの場合がある。(1)古典派,ロマン派の伝統の延長線上にあるもの レーガーやフォーレら20世紀初頭の作曲家,およびプロコフィエフをはじめとする大部分のソビエトの作曲家たち。(2)それぞれきわめて個性的な独自の語法をもった第1次世界大戦ころまでの作曲家たち ドビュッシー,スクリャービン,アイブズら。(3)両大戦間を中心に,意識的に古典派さらにはバロックへ回帰しようとした新古典主義の作曲家 ストラビンスキー,バルトーク,ヒンデミット,ラベル,プーランク,ミヨー,R.セッションズ,E.カーターら。(4)第2次大戦後の前衛音楽 プリペアード・ピアノを使用したケージや,高度な音列変奏の技法,不確定性を導入したブーレーズら。とくに以上の(2)~(4)では,ソナタはバロック以降の諸形式とは無関係に,抽象的で複雑な構造の独奏・重奏曲をさすものとして考えられているにすぎない場合や,やはり歴史的な発展とはかかわりなくソナタの原義ソナーレに立ち帰ろうとしたもの,そして新しい技法を駆使しながらもそれを古典的なソナタの楽章構成で枠付けようとしたものなどがある。
執筆者:土田 英三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
西洋音楽用語。「奏鳴曲」の訳語がある。イタリア語で「奏する」という意味のソナーレsonareに由来し、器楽曲のある種のタイプを意味する。しかしこの語によって示される意味内容は時代によって大きく異なり、さらにこれには意味の安定しない前史があり、また使用法が混乱していく衰退期があって、この用語を統一した概念として説明するのは困難である。
ソナタということばの使用例は、さかのぼれば13世紀まで行き着くといわれているが、この語が楽曲の表題として用いられるのは、独立した器楽曲が盛んになる16世紀中期以後のことである。しかしその後17世紀中期までの1世紀ほどの間は、この語の意味するところに何かまとまった傾向を見いだすのはほとんど不可能であるし、またのちに鮮明になってくるこの語の意味内容とのつながりも明確ではない。しかし17世紀中ごろになると、このことばによってある程度はっきりした概念が示されるようになった。それはバイオリンなどの何声部かによって実現される合奏音楽で、テンポや拍子の異なったいくつかの部分(楽章)からなるものであった。演奏される場所は教会か宮廷(室内)であって、やがてその場所に応じてソナタのタイプは二分されていった。こうしたソナタの初期の発展はイタリアを中心に展開されたが、しだいにヨーロッパの各地に広まり、ことに二つの異なったタイプに分かれるのには、ドイツなどの影響も少なくなかったと思われる。
一つはソナタ・ダ・キエザsonata da chiesa(教会ソナタ)とよばれるもので、これは荘重な楽章、フーガ風な楽章、テンポの遅い装飾的な楽章、テンポの速い舞曲風な楽章などを組み合わせた三ないし五楽章からなる。テンポ、拍子、情調などの鋭い対比をその大きな特徴としているが、調性は変わることがない。のちに緩―急―緩―急という四楽章構成が典型的にみられるようになった。
もう一つのタイプはソナタ・ダ・カメラsonata da camera(室内ソナタ)とよばれるもので、各種の舞曲を対照的に連ねたものを基本とするが、舞曲以外のものがそこに入り込むこともあり、また舞曲の配列の仕方に、ある種の規範が認められることもある。この場合も、同一の調性によって全曲が統一されているということが特色の一つになっている。このような2種の楽章構成のタイプは、二つの旋律楽器と通奏低音という三声部によって演奏されることが多く、トリオ・ソナタsonata a treとよばれる演奏形態はバロック時代にとりわけ好まれた。しかし18世紀に入ってバロック時代も後期になると、単一の旋律楽器と通奏低音によるソロ・ソナタsonata a dueのほうが優位になっていく。
18世紀前半にすでに新しいタイプのソナタが試みられる。それは初めのうちは(ものによっては後になっても)かならずしもソナタと直接称されてはいなかったとしても、今日私たちが古典派やロマン派のソナタ、あるいは第一義的にソナタと概念化しているものの歴史がここに始まるのである。この新しいソナタのタイプもまたイタリアを発祥の地としているように思われる。そして今度はクラビア(有弦鍵盤(けんばん)楽器)がその発展に重要な役割を果たしている。さまざまな楽章を組み合わせた二楽章、三楽章、四楽章のものが、この楽器のために初めのうちはパルティータ、ディベルティメントなどといった名前で多く現れ、18世紀の3分の2が経過したころから、もっぱらソナタという名称をもつようになった。このころクラビアのためのソナタは、のちにソナタ形式とよばれる楽曲形成法による急速楽章―緩徐楽章―急速楽章という三楽章構成か、ウィーンなどでは上記の第二楽章もしくは第三楽章にメヌエットが入った三楽章構成に、ほぼ固まっていたように思われる。このタイプにバイオリンが、初めのうちは任意参加の形で、やがて必須(ひっす)のものとして加わることによってバイオリン・ソナタが成立した。同様にバイオリンとチェロが加わることによって、のちにピアノ・トリオとよばれる、三つの楽器のためのソナタが生まれた。
しかしこうした新しい多楽章形式としての古典派ソナタは、古典派様式の生成と発展とともに形を整えられていったのであるが、それはさらに、同じころにほぼ並行して新しく誕生してきたシンフォニーやクァルテットやコンチェルトなどとも互いに影響を受け合った。そうして、楽曲のタイトルとして普通はソナタと名づけられなかったこのようなジャンルも、また本来のソナタも、楽器編成の違いを度外視すれば、楽章配列や各楽章の基本的構造などの点で、この時代特有の一つの原理に支えられているといってよいことになる。後世はその原理をソナタという概念、あるいはソナタ多楽章形成Sonatenzyklusといったことばでとらえようとする。この「概念としてのソナタ」からいえば、シンフォニー(交響曲)はオーケストラのためのソナタであり、ピアノ・コンチェルト(ピアノ協奏曲)はピアノとオーケストラのためのソナタ、ということになる。その実体は、〔1〕ソナタ形式による急速楽章、〔2〕種々の形式による緩徐楽章、〔3〕メヌエットないしスケルツォ、〔4〕種々の形式による急速楽章、という四つの楽章を多楽章構成の骨格とし、どれかの楽章を欠いていたり(たとえばコンチェルトのように〔3〕を欠いているのが本来の形であるというジャンルもある)、より多くの楽章が付加されたり、配列の順序が異なったり、という幅の広いものである。こうしたソナタの原理は、20世紀に入るまでヨーロッパの器楽にほとんど絶対的な影響力をもった。
[大崎滋生]
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