漢詩(中国の古典詩)の体(ジャンル)の一つ。〈--歌〉とか〈--行〉という題が多いので,この名がある。詩の分類にこの一類を立てる選集は宋初(987)に成った《文苑英華》がおそらく最も早い。以下それによってこの体の性格を考えよう。〈--歌〉〈--行〉などの題をもつ作品は〈楽府(がふ)〉体の詩にも多い。しかし《英華》は〈楽府〉と〈歌行〉をはっきり分け,〈楽府〉門には作品1082首(大部分は唐代詩人の作だが,少数の南朝詩人の作を含む)を20巻に分けて収め,〈歌行〉門には(同じく南朝と唐の詩人の作を含む)作品365首をやはり20巻に分けて収める。〈楽府〉門では漢代以来ながく伝承されていた楽曲の歌詞(実はその替歌),およびそれらを模倣した詩人の作品が集められ,〈歌行〉門ではそれらの曲の名(すなわち〈楽府題〉と呼ばれるもの)に似せて新しく考え出された題をもつ作品(すべて詩人の作)が集められている。それゆえ《英華》による限り,両者の違いは〈楽府〉門の詩が伝承された〈楽府題〉を用いるのに対し,〈歌行〉は前例のない新しい題をつけたことにある。白居易の作を例とすれば,《長恨歌》や《琵琶行》(《英華》では〈琵琶引〉と題する)などだけでなく,彼みずから〈新楽府〉と総称した〈七徳の舞〉以下の50首をも《英華》は〈歌行〉門に入れ,〈楽府〉門には入れなかった。李白の〈襄陽(じようよう)の歌〉のように両門に重出する作品があるが,ごくわずかである。詩の形式の上から見ると,〈楽府〉門に収められた作品は今体詩(律詩または絶句)が少なくないのに対し,〈歌行〉門の作品はほとんどすべて古体詩(古詩)である。この点において〈歌行〉の詩は古体詩の一種だと言うことができるが,上に述べたごとき〈楽府〉体の変種から発展した歴史を見のがすことはできない。この二つのことを〈歌行〉体の詩の特質とすべきである。
執筆者:小川 環樹
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中国古典詩の詩体名。もとは歌謡の楽府(がふ)作品の題に用いられ、「子夜歌(しやか)」「従軍行(じゅうぐんこう)」のようにいう。命名の由来については諸説があり、たとえば、情感の吐露に中心を置いたうたが「歌」、行書のごとく流麗な体をもつのが「行」とする説、あるいは、長短の句が入り交じるものを「歌」、歩行する調子をもち渋滞のないうたを「行」という説など、定義はかならずしも明確でなく、両者の厳密な区別はむずかしい。しばしば「歌行」とあわせて、楽府体の作品を総称することもある。楽府の題にはほかにも「吟(ぎん)」「辞(じ)」「引(いん)」などの名が用いられるが、それらとの区別もはっきりしない。唐以後、楽府が歌われなくなってからも、伝統的な楽府題を借りた作品が多くつくられ、また楽府の民間的色彩を模倣する詩も少なくなかったため、歌謡とは無関係の「歌行」詩がつくられるようになった。おもに七言古詩の詩体をもつ。たとえば、白居易(はくきょい)の『長恨歌(ちょうごんか)』『琵琶行(びわこう)』がその例である。
[佐藤 保]
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