改訂新版 世界大百科事典 「民族服」の意味・わかりやすい解説
民族服 (みんぞくふく)
諸民族の固有の服装をいう。服装が時代によってなぜ,どう変化するかをみていくのが〈服装史〉だとすれば,服装が地域によってなぜ,どう異なるかをみていくのが〈民族服〉の研究であるといえる。それはまた,一方では国際的流行服に対応するものとして,広義には民族衣装national costumeを,狭義には山村僻地(へきち)に遺存する一種の郷土的民俗服folk costumeを指し,ときには農民服peasant costumeと呼ばれる場合もある。交流のはげしい西洋の服装では,元来民族服と民俗服間の厳密な区分は存在しないとみてよく,それらは主として中世服を基調に成立し,近世において変化づけられたものが多い。これらは,古くは宗教的儀式服に由来するものが,交通の発達に伴う諸文明の交流に対抗して,山村僻地に定着し,温存されたものといえる。したがって,その姿をおおむね純粋にとらえることができたのは,地域によって異なるとはいえ,およそ第1次世界大戦までであって,その後は急速な衣服産業の発達と国際間の交流や社会的解放意識の高揚によって,しだいにその特徴を失いつつある。そのため今日では,単に祭礼服や晴着として用いられる傾向が強くなっている。しかし民族服は,本来働く人々の服装として,流行の先端にたつはなやかな貴族階級のそれとは別の道を歩んできたものであり,その素朴さと機能的な点に特色が見られるわけであるから,今日でもしばしば新しいデザインの中に導入される。
今日の民族服は,きわめて原始的な衣服形体を保有する段階の民族から,現代の流行服を着用する民族にいたるまで,ある段階を追っていくつかの類型をたどることができる。しかもそれはそのまま今日の民族服から類推された一つの発展系列ともみなされる。第1は紐衣(ちゆうい)と名づけられるリガチュアligatureに発し,草,樹皮,獣皮から織物による〈腰衣〉にいたるロインクロスloinclothの系列で,今日,アフリカの一部やオセアニアの民族の間に見られる。第2はドレーパリーdraperyといわれる〈巻き衣〉の系列で,アフリカやイスラム圏の一部に見られる。第3はカフタンといわれる〈前開き服〉の系列で,西アジアから極東を結ぶ線上に連なる諸族間にしばしば典型を見ることができる。カフタンはもともとポンチョと呼ばれる〈貫頭衣〉形式から発展したとする説もあるが,はっきりしたことはわからない。南米の一部の原住民の間には今でもその原形を認めることができる。第4はチュニックといわれる〈円筒服〉の系列で,もともと寒帯に発し,北欧で成長して今日の国際的流行服に発展したものであるが,現在の西欧の民族服の大半はこの系列に属する。
ヨーロッパ
形体のうえで最も多く見られるのは,女性では,ゆったりしたブラウスに,いわゆるダーンドル・スカートdirndl skirtという,全体にむりのない構成になっているもので,多くの場合は大型のエプロンを伴っている。また,ぴったりしたボディスbodiceを胴部につける場合も多く,総じてこれらはルネサンス期の流れをくむものとみてよい。それに対して男性は,北方ではジャケットに長ズボンというゲルマン伝統のスタイルが多いのに対して,中欧以南ではブラウスの上にベストをつけ,それに半ズボンという近世的な姿が多い。しかし男性の場合は,すでに北欧や西欧のように近代的市民服におきかえられたところもかなりある。民族服のうち独自性のあるものとしては,スコットランドのキルトという男子用スカート,ラップランドの大胆なブレードのあるチュニック,オランダのだぶだぶのズボン,ハンガリーの多彩なエプロン,サラセンの流れをくむスペイン婦人のマンティリャおよび男子のトレアドール・スタイル,ダルマティカの流れをくむルーマニアやユーゴスラビアの白衣などをあげることができよう。
色彩や紋様が非常に奇抜なのも民族衣装の一大特色で,その傾向はとくに北欧と東欧に強い。北欧では無彩色を基調として,小面積の原色や装身具を効果的にあしらう傾向にあるのに対して,東欧ではきわめて多彩主義的であり,しかも暖色が基調となっている。もちろん,それらをいっそう効果づける手のこんだ手芸的技巧,なかでも刺繡(ししゆう)やレースなどを忘れることができない。彼らは今でもそれに丹精をこめるのを誇りとしている。これらの色彩や図柄だけにかぎらず,服装そのものも種族的紋章の要素があって,地方や村落によりそれぞれ定まっているところが多い。北欧では地形的関係からとくにその傾向が強く,また民族的に入りくんだ東欧や南欧でも,大単位ながら定まった服装が着用される。アクセサリーで変化に富むのは頭飾である。ノルウェーの南部やオランダ,フランスの北岸,あるいはポルトガルの一部の男子は,今でも中世のかぶり物を踏襲している。また,アルプスのチロル地方独特の帽子もよく知られている。装身具も一般に入念であり,代々世襲される場合も多い。
アジア
アジアの民族服の典型はカフタンといわれる〈前開き服〉で,これはもともとトルコ人の着用する厚地のタイトな袖つきの前開き外套(がいとう)に対してつけられた名称であるが,今日では広く形式の名称として用いられる。前を重ね合わせて帯を締めた日本の和服も,また羽織やはんてん(袢纏)も,前開きが衿元から右腋(わき)の下に短く入った中国服も,すべてカフタンの形式に属する。その特色はだいたいワンピース形式の寛衣であること,直線裁ちの,多くは細布地によって構成されることである。この観点から類型をたどると,ローマ末期のダルマティカを受け継いで発展させたビザンティンの衣服にも見ることができる。そして系統的には今日,トルコ,イラン,トルキスタン,チベット,アフガニスタン,インド北部,中国,モンゴル,朝鮮,日本を結ぶ線上に連なっている。なかでも和服は,形体の極度な単純さと,洗練された着装の優美さにおいて独特な位置を占めている。アジアにおける他の系列は巻き衣形式で,これには,インドのサリーやドーティからタイのパヌンpanung,セイロンのコンボイcomboy,そしてさらにジャワのサロンにいたる一つの系譜が考えられ,一部では腰衣の系列と重複するものもある。その他ではフィリピンの,セミの羽根を思わせるカミサcamisaを異色としてあげることができる。
その他
アフリカではいまでも古代的な巻き衣方式を採用しているところが多く,その様相はあたかも古代服装史展の観があり,服装学上好個の資料となっている。しかし,イスラム圏の一部では裾長のダルマティカが多く採用され,近来洋装の普及もめだってきた。北アメリカでは牛皮をポンチョ状に構成したアメリカ・インディアン独特の服装やカウボーイ・スタイルを,南アメリカではペルーやメキシコの原住民に見られる多彩なポンチョと,ラテン・アメリカのスペイン風スタイルをあげることができる。
執筆者:石山 彰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報