気分障害(読み)キブンショウガイ(その他表記)mood disorder

デジタル大辞泉 「気分障害」の意味・読み・例文・類語

きぶん‐しょうがい〔‐シヤウガイ〕【気分障害】

躁病鬱病うつびょう躁鬱病そううつびょうなど、気分の変調が持続することによって、苦痛を感じ、日常生活に支障が生じる精神疾患の総称。感情障害

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精選版 日本国語大辞典 「気分障害」の意味・読み・例文・類語

きぶん‐しょうがい‥シャウガイ【気分障害】

  1. 〘 名詞 〙 ( [英語] mood disorders の訳語 ) 世界保健機関が定めた、従来の躁鬱(そううつ)病に対しての呼称。

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家庭医学館 「気分障害」の解説

きぶんしょうがいそううつびょう【気分障害(躁うつ病) Mood Disorder】

◎感情の極端な変動が現われる
[どんな病気か]
◎環境の変化が大きく関係する
[原因]
薬物療法が効果的
[治療]

[どんな病気か]
 気分障害とは感情(気分)の病気で、感情や意欲の面で極端な上昇や落ち込みが現われるものです。気分がひどく落ち込み、何事もおっくうになる状態をうつ(抑うつ)状態といいます。極端に気分が高まり、活動的になりすぎるのを躁(そう)状態と呼びます。
 もちろん、誰でも悲しいことがあったときに落ち込みます。正常な憂うつでは、楽しいことがあれば気分転換できますし、好きなことならしようという気になります。しかし、うつ状態では、ふだんなら楽しく感じられることも楽しめませんし、やる気になりません。うつ状態は、健康な人が感じる正常の憂うつとちがって、ただ気分が沈むだけでなく、ほかに自分を責めたり、おっくうさがあり、病的なものです。
 ノイローゼも、くよくよ思い悩むものですが、ノイローゼはうつ状態とちがって、くよくよ悩むだけで、極端にやる気がなくなったり、頭がはたらかなくなったりはしません。
 このようなうつ状態や躁状態をくり返す病気を、気分障害と呼びます。以前は躁(そう)うつ病(びょう)といわれていたのですが、最近の新しい国際的な診断基準では、躁うつ病ということばが使われなくなり、かわって気分障害(感情障害(かんじょうしょうがい)ともいう)と呼ばれるようになっています。
 そして、感情の極端な上昇や落ち込みのある期間を病相(びょうそう)といい、うつ状態の時期をうつ病相(びょうそう)、躁状態の時期を躁病相(そうびょうそう)と呼んでいます。
 気分障害の特徴で、たいせつなことは、うつ病相や躁病相が終わると、まったく健康なもとの精神状態にもどることです。
●種類
 気分障害のほとんどは、うつ病相のみをくり返すタイプと、躁病相とうつ病相の両方を交互にくり返すタイプの2つに分けられます。
 前者のうつ病相のみをくり返すタイプを大(だい)うつ病(びょう)といいます。大うつ病とは耳慣れないことばですが、以前は単極性(たんきょくせい)うつ病、あるいはうつ病と呼ばれていたものを、最近の分類では大うつ病というようになりました。
 そして躁病相とうつ病相の両方があるタイプを双極性障害(そうきょくせいしょうがい)(以前は躁うつ病、双極性うつ病とも呼んでいました)といいます。躁病相だけをくり返すことはまれですが、この場合は双極性障害に含まれます。
 つまり気分障害のなかには、大うつ病(うつ病)と双極性障害(躁うつ病)があることになります。気分障害のほとんどは大うつ病で、その割合は、約75%が大うつ病、約25%が双極性障害です。
 また最近、日照時間が短くなる秋や冬にかぎってうつ状態になるタイプがわかり、季節性感情障害(きせつせいかんじょうしょうがい)と呼ばれています。季節性感情障害の治療として、高照度の光を浴びる光療法が行なわれています。
 そのほかに、慢性的な軽いうつ病を気分変調症(きぶんへんちょうしょう)と呼び、これは、大うつ病よりうつ状態が軽いものです。以前は抑(よく)うつ神経症(しんけいしょう)(神経症的な性格があり、葛藤(かっとう)をひきおこすようなきっかけがあって現われるうつ状態)と呼んでいたものにほぼあたります。憂うつ、不活発、何をしても楽しくないなどのうつの症状がありますが、典型的な大うつ病と異なり、朝早く目覚めることや日内変動(にちないへんどう)(午前中は調子が悪く、午後から夕方にかけて調子がよくなること)は目立ちません。
 うつは軽く、日常生活は困難ながらできるのですが、慢性的にうつ状態が続きます。
●経過
 うつ病相は、約3か月から6か月くらい続きます。躁病相は、より短く約1か月から4か月くらいです。早い時期に治療を始めると、病相を短くできます。病相が終わると、以前の健康な状態になることが特徴です。
 気分障害は、一生に一度のこともありますが、くり返すことがよくあります。大うつ病はおおむね2人に1人が再発し、双極性障害の再発率は約70%程度です。再発は、きっかけがあって再発する場合と、特別のきっかけがなく再発する場合があります。
 気分障害は、精神的に発達してから出てくるものなので、小さい子どもがうつ状態や躁状態になることは、まれです。

[原因]
 脳細胞の活動に関係しているノルアドレナリンセロトニンなどのはたらきの障害が指摘されています。
 一般の人が、この病気にかかる危険率はだいたい0.44%程度ですが、両親のどちらかが気分障害になったとき、その子どもが発病する危険率は約24.4%、また、血のつながったきょうだいの誰かが気分障害になった場合、そのほかのきょうだいが発病する危険率は約12.7%です。
 遺伝的素因が発病に関係していることがわかっていますが、血縁者に気分障害の人がいない場合でも、気分障害になることも多いのです。
 性格や環境が、発病に関係していることもあります。気分障害になりやすい性格(コラム「気分障害になりやすい性格」)があります。
 また、環境の変化をきっかけとして躁状態やうつ状態になることも多いのです。気分障害のきっかけとなる環境には、たとえば、親しい人との別れや死別、試験や事業の失敗、失恋などのような失敗と、転勤、昇進、退職、転居、からだの病気などの環境の変化があげられます。失敗が大うつ病のきっかけになるのはわかるのですが、新築や昇進など本人が希望していた、おめでたい出来事でも大うつ病になることがあります。つまり、環境の変化がよくないのです。
 引っ越しの際に大うつ病になることが多く、それを引っ越しうつ病といいます。これは、主婦に多くみられます。引っ越しは、過労になるだけでなく、新しい環境に変わり、いままで慣れ親しんだ秩序を失ってしまうからです。
 目標を達成し、ほっとしたときにおこる大うつ病もあります。荷(に)おろしうつ病と呼ばれ、長いストレスが続いた生活から、急に緊張のとれた生活に入っておこるものです。
 気分障害の本当の原因は、まだわかっていませんが、遺伝的素因と環境が相互に作用し発病すると考えられています。
●うつ状態の症状
 うつ状態は、つぎに説明する症状がいくつか現われて、初めてうつ状態といえます。気持ちが沈み、憂うつで、むなしく、さびしくなります。何事も悲観的に考え、取り越し苦労が多くなります。気分が沈むだけでなく、喜びや楽しさが感じられず、何もやりたくなくなります。おっくうになり、ふだんと比べるとテレビや新聞、服装、化粧に関心がなくなります。
 思考がとどこおりがちで、頭の回転が悪くなったように感じます。新聞やテレビをみても、ふだんと比べて内容がすらすら入ってきません。いつもよりも献立などが考えられなくなります。何事にも迷って、物事を決めることができなくなります。以前覚えていたことを思い出すことができず、新しいことは覚えられず、本人は自分がぼけてしまったように感じることもあります。とくに老人のうつは、物忘れから認知症が始まったように思われることがあります。
 そして、自分に自信を失い、自分を責め、申し訳ないことをしてしまったという気持ちが強くなります。
 また、事実と異なる思い込みが強くなります。その内容は、悲観したり自分を責めたり、過小評価するものです。たとえば、お金が払えない、病気がもう治らない、取り返しのつかない罪を犯したなどと話したりします。このような思い込みは強く、周囲の人がそんなことはないと説明しても、本人に受け入れてもらえません。
 うつ状態では、絶望感から死にたくなること(希死念慮(きしねんりょ)、自殺念慮)があり、実際に自殺することもあります。
 表情は暗く、声も小さく、口数も少なくなり、簡単な会話となり、ときには、まったく答えないこともあります。典型的なうつ状態では、日内変動や食欲不振があり、眠れなくなります。
 このような精神の症状のほかに、からだの症状として頭痛、頭が重い感じ(頭重(ずじゅう))、口の渇き、便秘(べんぴ)、下痢(げり)、おなかが張る、吐(は)き気(け)、しびれ、肩こり、動悸(どうき)などがあり、内科の病気と思われることもまれではありません。
●躁状態の症状
 躁状態は、気分が高ぶり、エネルギーに満ちあふれ、何事にも意欲的で活動しすぎるのが特徴です。何をみても楽しく感じ「人生はバラ色だ」と思います。一方、いらいらしやすく、自分の考えが通らないと怒ったりします。考えが次々と湧(わ)きだします。気持ちが大きくなり、自信過剰となります。そして自分の能力、財産、身分について過大評価し、自慢話が多くなります。万能感から「自分は特別な人間」と自慢することもあります。
 ふだんとちがってしゃべりっぱなしで、動作も落ち着きがなくなり、絶えず動き回り、外出していることが多くなります。
 ことばづかいが乱暴になることもあります。身なりや化粧も派手(はで)になります。考えがどんどん浮かぶため、話題がころころとかわり、話がまとまりません。注意や関心が次々とかわり、あれもこれもしようとし、まとまったことができません。
 また、思いつきや考えをすぐ実行しようとします。むやみに電話をかけたり、人に会ったり、歌ったり、他人におせっかいをやいたり、気持ちが大きくなり、たくさん買い物をして借金をつくったり、会社をつくったりします。性的な面でも抑制がなくなっています。家族や周囲の人がこれらの行動を注意すると怒り出すこともあります。
 睡眠時間は短くても足りているように感じ、食欲も性欲も亢進(こうしん)します。

[治療]
 気分障害の治療は、着実に進歩しています。
 うつ状態の治療は、休養と抗うつ薬による薬物療法が最優先します。まず休養することが必要です。
 医師は、本人の悩みをよく聞き、気持ちを楽にしてくれます。そして適切なアドバイスをし、患者さんと協力してよい方向にもっていきます。
 抗うつ薬は、神経伝達物質の調節をし、うつ状態を解消させるものです。抗うつ薬を飲み始めて、数日は倦怠感(けんたいかん)や眠け、口の渇きがありますが、しだいにそれらはとれてきます。薬を飲み始めてから約10日から2週間で効果が出てきます。また、うつ状態は回復後しばらくは、再び悪化することが多いので、よくなってから約4~6か月は、抗うつ薬の服薬が必要です。うつ状態は、治療を受けることで治ります。
 躁状態の治療は、抗躁作用(こうそうさよう)のあるリチウム製剤や抗精神病薬などの薬物療法を行ないます。リチウム製剤が発見されてから、躁状態の治療は画期的に進歩しました。リチウム製剤は、躁を取り除くよう自然な形で治します。抗精神病薬は、考えが次々と湧(わ)いてくるのを抑え、いらいらしやすい不安定な気分を安定させます。
 また、カルバマゼピン製剤バルプロ酸ナトリウム製剤も躁状態を消失させる効果があります。
●入院か通院か
 うつ状態は必ず治るものですが、自殺の危険もあります。死にたい気持ちが強いときは入院が必要です。また入院の利点は、ゆっくり休養できることです。主婦など家ではゆっくり休めない場合や、責任感から無理して仕事をしてしまう場合は入院が適しています。
 躁状態の程度が強く、借金をつくってしまうなど、社会的逸脱行為(いつだつこうい)があるときや、行きすぎた言動のため社会的な信用を失う場合や、事故がおこりそうなときは入院が必要です。
●家族の対応
 本人がうつ状態のときに、周囲の人は病気と思わないことがあります。うつ状態は、気のせいとか、怠(なま)けていると誤解されやすいものです。しかし、うつ状態の落ち込みやおっくうさの度合いは、健康な人の経験する落ち込みとはちがいます。
 家族は、本人が病気であると十分に認識することがたいせつです。そして早めに病院を受診させるようにしてください。気の持ち方をかえるようにと説得したり、がんばれ、しっかりしなさいと励(はげ)ますのは、よくありません。うつ状態では、かえって本人の劣等感、自責感を強くしたり、励ましを受けて「わかってもらえない」と絶望してしまうからです。同様に批判、説教や、気晴らしに人ごみに連れ出すことも逆効果です。また、うつ状態の最盛期に過去の葛藤(かっとう)を思い出させるような話もしないように気をつけます。
 とにかく、聞き役に徹するようにします。周りの人はあせらず、ゆっくり本人を見守ることがたいせつです。
 うつ状態では、休養することがとてもたいせつです。患者さんの心身の負担を取り除き、気長に療養できるように休養を勧めてください。
 つぎに、薬を正しく飲ませることです。十分な量の抗うつ薬を十分な期間、飲むことがうつ状態の治療でたいせつです。治療や再発予防のための服薬の必要性を、家族全員が理解し、協力することも重要です。
 うつ状態では、自殺を防ぐことが大事です。うつが強いときは自殺する元気もないのですが、大うつ病の始まりの時期と回復期は、からだが動くようになって自殺することがあります。それらしいことをほのめかしたときは、本人から目を離さないようにし、細心の注意をします。
 また、うつ状態のときは、自信を失っているので、「会社をやめる」「学校をやめる」と本人がいっても、重要な決定はせずに、うつ状態の回復後まで延ばしましょう。
 躁状態のときは、「いままで抑えていたことがいえる。本来の自分に戻った」といい、本人は自分が病気にかかっていると思わないことがあります。睡眠時間が短いことや、いらいらしていることから、ふだんのようすとはちがうことを話し、病院を受診するよう勧めてください。また躁状態では、怒りっぽいので、周囲の人は本人に無用な刺激を与えないよう注意します。
●再発予防
 気分障害は、くり返すことが多い病気です。ですから再発を防ぐことがたいせつです。一般に、大うつ病は仕事熱心、几帳面(きちょうめん)、完全主義、理想が高い傾向の人に多いのです。そのような人ががんばり続け、疲れきったり、環境の変化に柔軟に対応できず、大うつ病になることがあります。余裕のある生活を送ること、早めに休むことが重要です。
 回復期には「自分は物事をやりすぎてしまう」「新しいことにあせってしまう」など、発病しやすい状況を自覚するようにし、物事の受けとめ方をかえ、周囲の状況にうまく対応することも必要です。
 再発を防ぐために、リチウム製剤やカルバマゼピン製剤、バルプロ酸ナトリウム製剤などの感情調節薬や抗うつ薬を飲み続けることもあります。
 早期に治療を受けると病期を短くできます。再発の兆(きざ)しを早く発見し、早めに精神科を受診することがたいせつです。また、眠れないことが続くと再発しやすいので、そういうときは病院を受診するようにしましょう。

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最新 心理学事典 「気分障害」の解説

きぶんしょうがい
気分障害
mood disorder

気分障害とは,精神障害の一つであり,感情が正常に機能しなくなった状態を指し,うつ状態や躁状態が現われるのが特徴である。2000年の『精神障害の診断と統計の手引き』第4版の修正版(DSM-Ⅳ-TR)では,気分障害は,うつ状態だけが現われるうつ病性障害depressive disorder(うつ病)と,躁状態のみ,または躁状態とうつ状態の両方が現われる双極性障害bipolar disorderなどに大別されている。うつ病性障害と双極性障害では,うつ状態が現れた際の病相は似ているが,出現頻度などの違いから異なる疾患と考えられている。たとえば,うつ病性障害の下位分類の一つであり,気分障害の中でも最も有病率が高いことで知られる大うつ病性障害major depressive disorderは,10人に1人程度が経験し,女性が男性の2倍程度多いのに対して,双極性障害は,100人に1人程度が経験し,性差はないといわれている。また,双極性障害は大うつ病性障害よりも初発年齢が低いことや,遺伝的影響が強いことも指摘されている。

 DSM-Ⅳ-TRでは,うつ状態の症状として,抑うつ気分(悲しい,寂しい,ゆううつ,気分が晴れない),興味・喜びの喪失(仕事や勉強のみならず,趣味などすべてにわたり興味がなくなる),食欲の異常(食欲不振に伴う体重減少。逆に,食欲過剰に伴う体重増加の場合もある),睡眠の異常(寝つきが悪い,眠りが浅い,朝早く目覚めるなど。逆に,睡眠が極端に長くなる場合もある),焦燥または制止(イライラして落ち着かない,頭の中の働きや身体の動作が遅くなる),易疲労性や気力の減退(ほとんど活動をしていなくても,疲れたり,全身の重さを感じたりする。何をするのも面倒になる),無価値観や罪責感(自分の生きる価値が無いように感じる,何かにつけて自分自身を責める)思考力や集中力の減退や決断困難(考えが先に進まず,集中できないため,考えがまとまらない。ささいなことでも判断できない),自殺念慮(死について,時には具体的な方法なども含めて,繰り返し考える)が示されている。

 一方,躁状態の症状としては,気分の高揚(気分が極端に高揚する,怒りっぽい),自尊心の肥大(自分に特別な能力があるように感じる),睡眠欲求の減少(寝なくても平気である),多弁(よくしゃべる,早口),観念奔逸(アイデアが次々に湧き起こる),注意散漫(気が散りやすく,集中力に欠ける),目標志向性の活動の増加,焦燥(仕事や勉強や人づきあいなどの活動が増加する,じっとしていられない),快楽的活動への熱中(買いあさり,性的に分別のない行動,意味のない投資などが増加する)が示されている。

 さらにDSM-Ⅳ-TRでは,このようなうつ状態の症状と躁状態の症状それぞれの発現度合いや持続期間などを基に,大うつ病エピソード,躁病エピソード,混合性エピソード,軽躁病エピソードの4種類が定義され,それらの存否により,うつ病性障害と双極性障害それぞれの下位分類が行なわれている。

 うつ病性障害の中では,躁病,混合性,また軽躁病エピソードの既往がなく,大うつ病エピソードの基準を満たすものを大うつ病性障害とよび,前述のうつ状態の症状のうちの五つ以上の症状(ただし,その五つ以上の症状の中には「抑うつ気分」または「興味・喜びの喪失」が含まれている必要がある)が,2週間以上にわたりほぼ毎日続く場合が該当する。さらに,うつ病性障害の中でも軽症で慢性的なもの(2年以上)を気分変調性障害dysthymic disorderとよぶ。

 一方,双極性障害の中では,躁病エピソードまたは混合性エピソードの存在を中核とするものを双極Ⅰ型障害,軽躁病エピソードと大うつ病エピソードの両方の存在を中核とするものを双極Ⅱ型障害,軽躁状態と軽うつ状態の循環的な発現が慢性的なもの(2年以上)を気分循環性障害とよぶ。

【うつ病の理論と治療法】 うつ病性障害(以下,うつ病)に関する代表的な心理学の理論を三つ挙げる。

 まず精神分析の理論によれば,うつ病は,対象の喪失による悲嘆を強く意識し自分を責めている状態であり,その要因として,幼少期の体験,具体的には口唇期への固着から生じた他者に対する過度の依存が重視される。この場合,おとなになってから,愛する人を喪失したときの無意識的な同一視が生じやすく,愛する人に対して向けられるはずの「自分は見捨てられた」という怒りが,自分へと向かうため,自分を責めることになり,このことがうつ病の原因となる。したがって介入では,クライエントに愛する人への怒りが抑圧されていることを気づかせ,クライエント自身に向けられている怒りを発散させることがめざされる。

 次に認知療法の理論によれば,うつ病患者においては,児童期青年期における喪失や拒絶や批判などの経験を通して形成された否定的なスキーマ(世界を否定的に見る傾向)が機能しやすく,しかもそのスキーマは彼らに特徴的な「認知の歪み(たとえば,一つの事実を見ただけで世の中すべてがそうなっていると考えてしまう傾向)」によっていっそう堅固なものとなっている。それゆえ,彼らはつねに,物事はうまくいかず自分は無能である,という結論に陥りやすく,このことがうつ病の原因となる。したがって介入では,クライエントに認知の歪みを気づかせ,クライエントの考え方を肯定的な方向へ変えていくことがめざされる。なお近年の実証研究では,認知療法,あるいは認知療法の技法と行動療法の技法を組み合わせた認知行動療法が,うつ病に対して他の心理療法と比較しても同等ないしそれ以上の介入効果を有することが報告されている。

 第三に対人関係療法の理論によれば,うつ病の患者に特徴的な対人行動(極端にゆっくりとした語り口,アイコンタクトの欠如,安心を強く求める態度など)が他者からの拒絶を引き出してしまっており,このような対人行動は,うつ病の結果であると同時にうつ病の原因ともなっている。したがって介入では,クライエントに対人関係に問題があることを気づかせ,過去よりも現在の生活に焦点を当てながら,コミュニケーションの改善などについて話し合うことが行なわれる。なお一般に,うつ病への介入では,クライエントの回復具合に応じて,極力休養を取らせる,がんばれという励ましはしない,重大な決定は延期させる,自殺しないよう気をつけるなどの配慮が必要になるといわれている。

 生物学の理論では,神経化学の分野における,セロトニンなどの神経伝達物質がうつ病に関係しているという説がよく知られている。最近は,ストレス反応にかかわるホルモンの働きの異常がうつ病に関係しているという説なども唱えられている。治療としては,薬物療法(抗うつ薬など)が中心である。抗うつ薬には,三環系抗うつ薬,四環系抗うつ薬,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI),セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)などがある。開発された順に,第一世代(三環系),第二世代(三環系,四環系など),第三世代(SSRI),第四世代(SNRI)と分類されることもある。これらの薬の抗うつ効果には大きな違いはないものの,SSRIやSNRIは,三環系抗うつ薬よりも副作用が少ないことが知られている。また,抗うつ薬の効果発現には投与開始後1~2週間を要するといわれている。なお,重症のうつ病に対しては,電気痙攣療法(患者の脳に電流を流す方法)が用いられることもある。

【双極性障害の理論と治療法】 心理学の理論では,双極性障害のうつ状態については,うつ病の理論がかなりの範囲で適用可能と考えられている。また,躁状態については,通常であれば心理的に衰弱してしまうはずのクライエントを,そうならないように防衛する機能も果たしていると理解されている(たとえば「ある男性クライエントは,躁状態になると自分が偉大な事業家であると思い込んだ。現実の彼は起業するたびに倒産に追い込まれていたが,躁状態のおかげで失敗続きの現実に直面せずにすんでいた」という事例が該当する)。双極性障害への心理学的介入としては,クライエントの気分の変動に伴って生じる不適切な思考や対人行動に焦点を当てることや,クライエントとその家族に対して,生活環境の整備や服薬の習慣化を促すための教育を施すことが有効であるといわれている。

 一方,生物学の理論では,一卵性双生児を対象とした研究などから,双極性障害には遺伝的基盤が関与すると考えられている。治療としては,薬物療法(気分安定薬など)が中心となっている。 →精神分析療法 →認知行動療法
〔森田 慎一郎〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「気分障害」の意味・わかりやすい解説

気分障害
きぶんしょうがい

うつ病などの抑うつ障害群と双極性障害を総称する用語である。アメリカの診断分類である『精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)』は第4版改訂版までは、これらが気分の変調を主症状とする近縁の疾患であるとして「気分障害」と総称していた。しかし、近年の遺伝学的、生物学的な研究から、双極性障害群が抑うつ障害群よりも精神病性障害群に近いと考えられるようになり、第5版(DSM-5)では「気分障害」の総称が廃止され、「双極性障害または関連障害群」と「抑うつ障害群」に分けられた。

 一方、世界保健機関が策定した『国際疾病分類第11回改訂版(ICD-11)』では、臨床現場で有用であるとして、抑うつエピソードだけが現れる抑うつ症群と、抑うつ状態と躁(そう)・軽躁状態の両方のエピソードが認められる双極症群を含める「気分症群」の枠組みを残した。

 ICD-11の抑うつ症群の分類には、「単一エピソードうつ病」「反復性うつ病」「気分変調症」「混合抑うつ不安症」「抑うつ症、他の特定される(抑うつ症状があり機能障害を伴っているものの、抑うつ障害群の診断基準のいずれにも完全には満たさない場合にその特定の理由を添えて診断が下される抑うつ症)」「抑うつ症、特定不能(病因を特定できない抑うつ症)」と「気分症、他の特定される」「気分症、特定不能」「月経前不快気分症」が含まれる。また、双極症または関連症群の分類には、「双極症Ⅰ型」「双極症Ⅱ型」「気分循環症」「双極症または関連症、他の特定される」「双極症または関連症、特定不能」が含まれている。

[大野 裕 2022年3月23日]

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百科事典マイペディア 「気分障害」の意味・わかりやすい解説

気分障害【きぶんしょうがい】

世界保健機関(WHO)は1991年5月,国際疾病分類第10版(ICD-10)でこれまで躁鬱(そううつ)病と呼ばれていた病名を気分障害と改めた。 気分障害には双極性と単極性があり,双極性は躁病鬱病が交互に現れるもので,単極性は相対的な無症状期と鬱病を繰り返す。ただし,この区別は厳密ではなく,実際には鬱病患者の5人に1人は軽躁病か躁病も起こす。

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