水交社(読み)スイコウシャ

デジタル大辞泉 「水交社」の意味・読み・例文・類語

すいこう‐しゃ〔スイカウ‐〕【水交社】

明治9年(1876)に創設された旧日本海軍高等官の親睦しんぼくおよび研究共済目的とする団体。第二次大戦後解散したが、昭和29年(1954)に水交会の名で復活。→偕行社

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精選版 日本国語大辞典 「水交社」の意味・読み・例文・類語

すいこう‐しゃスイカウ‥【水交社】

  1. 旧日本海軍将校親睦・扶助団体。明治九年(一八七六)創設。東京および各鎮守府・要港部所在地に設置。第二次世界大戦後占領軍により解散を命ぜられたが、講和条約発効後の昭和二七年(一九五二)に財団法人水交会として復活、会員を一般篤志家にも拡大した。→偕行社
    1. [初出の実例]「海軍出身の人々にて創立されたる芝公園内の水交社は〈略〉海軍文武官の人に限り其社員となるを得る規則に改め」(出典:郵便報知新聞‐明治一六年(1883)七月二三日)

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改訂新版 世界大百科事典 「水交社」の意味・わかりやすい解説

水交社 (すいこうしゃ)

旧日本海軍将校の親睦・社交団体,およびその施設。海軍高等武官,士官候補生,海軍高等文官試補を社員とし,海軍武官の皇族総裁海軍大臣を社長とした財団法人。社名は〈君子之交,淡若水〉(《荘子》)にちなんだ。1876年海軍将校の親睦クラブとして創立,77年水交会と改称され,78年水交社となった。陸軍偕行社かいこうしや)と同じく,研究・親睦・共済の機関とされ,東京や鎮守府,要港部所在地に設けられ,機関誌《水交社記事》を90年から発行した。偕行社が将校集会所として出発したのに比べ,水交社は海軍クラブの性格をもった。第2次大戦後解体したが,1954年旧海軍将校の連絡親睦団体の水交会として復活した。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「水交社」の意味・わかりやすい解説

水交社
すいこうしゃ

旧日本海軍士官、海軍高等文官、海軍士官候補生の全員を会員とし、会員相互の親睦(しんぼく)や海軍に関する研究を目的として1876年(明治9)に創設された団体。財団法人組織として旧海軍では唯一の公認のものである。東京水交社をはじめ各鎮守府(ちんじゅふ)、要港部所在地に設置され、おもに社交と相互扶助の機関として運営された。第二次世界大戦後解体し、施設の大半が失われたが、1954年(昭和29)、旧海軍将校の団体として水交会が復活、現在に至っている。

[纐纈 厚]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「水交社」の意味・わかりやすい解説

水交社
すいこうしゃ

旧日本海軍の将校の懇親,研究,共済団体。社団法人。 1876年に創設され,第2次世界大戦の敗戦とともに解散するまで,海軍によって公認された唯一の将校クラブで,海軍士官,海軍高等文官,士官候補生の全員を会員とした。東京のほか各鎮守府,要港部所在地にあり,研究機関誌『水交社記事』を発行した。戦後は,1952年に水交会と改名されて設立され,54年財団法人となり,旧水交社会員のほかに,旧特務士官,下士官,兵など旧海軍勤務者,海上自衛隊関係者その他一般の希望者の懇親団体に変った。

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百科事典マイペディア 「水交社」の意味・わかりやすい解説

水交社【すいこうしゃ】

旧日本海軍将校の親睦・研究団体。陸軍の偕行(かいこう)社に当たる。1876年創設。会員は海軍士官・高等文官・士官候補生など。機関紙《水交記事》を発行した。第2次大戦後解体した。現在は財団法人水交会として復活し,旧海軍軍人の親睦機関となっている。

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