改訂新版 世界大百科事典 「水槽試験」の意味・わかりやすい解説
水槽試験 (すいそうしけん)
tank test
船や海洋構造物の流体力学的な性能を調査するため,各種の流体の状態を水槽(試験水槽という)内に再現し,模型を使って行う試験。19世紀後半,イギリスのフルードWilliam Froude(1810-79)が船の性能を研究するために行ったのが最初である。流体力学の理論で説明できることには限度があるので,水槽試験による実験的調査や研究は,船や海洋構造物の開発,設計の際の基礎データの収集,流体の運動そのものの研究,あるいは理論の問題点の把握や新しい理論の構築などのためにはかかせないものとなっている。試験は1/100~1/10程度の縮尺の相似模型を使用することが多く,問題に応じて造波抵抗を支配するフルード数,キャビテーションの発生しやすさを示すキャビテーション数,波長の模型長さに対する比などのパラメーターで相似則を満足させるが,レーノルズの相似則を満足させることは困難で,なんらかの修正を要する。実際に行われる試験としては次のようなものがある。
(1)抵抗推進試験 ある与えられた条件の下で,抵抗が最小となる船型や効率が最大となるプロペラの形状などを求めるための試験。少ない馬力で高い速力を出すことは船の性能の中でもっとも重要視されるため,水槽試験が行われるようになって以来,現在に至るまで,もっともよく行われる試験である。長さ200m,幅12m,深さ6m程度の長大な水槽を使用することが多いが,長さ400m以上の大規模なものもいくつか使用に供されている。模型船を一定速度で曳引して模型船に加わる抵抗を計測する抵抗試験,プロペラ単独のトルク,推力などの性能を調べるプロペラ単独試験,模型船を模型プロペラによって航走させたときの船とプロペラの相互干渉を調べる自航試験などが主要なもので,新しい船型の開発には欠かせないが,そのほかに船のつくる波を計測して,造波抵抗を直接算定するための波形解析や,流体の速度を計測する流れ場解析なども広く行われている。
(2)氷海水槽試験 水槽水面に結氷させることを可能にした水槽(氷海水槽)を使って,砕氷船などの抵抗や推進効率を調査する試験。砕氷貨物船,砕氷タンカー,氷海構造物などの設計の際に行われる試験である。
(3)キャビテーション試験 大型船のプロペラでは,プロペラ翼の損傷,船体振動などの有害な影響を及ぼすキャビテーションが発生することが多い。キャビテーション試験は,回流型の水槽(キャビテーション水槽)中でプロペラを回転させ,キャビテーションの発生の観察,翼面圧力の計測などを行い,キャビテーションによる悪影響のないプロペラ形状の開発や,キャビテーションの発生や損傷に関する基礎的な研究を行うための試験。水槽は気密で水が循環するような構造につくられ,圧力,流速と含有気体量を制御することによってキャビテーション現象の相似則を満たすようになっている。
(4)減圧水槽試験 抵抗推進試験で使われる長大な水槽全体の気圧を下げられるようにし,模型船を推進している状態での模型プロペラのキャビテーション現象の調査を行う。大規模で高価格の水槽施設となるのでまれにしか見られない。
(5)運動性能試験,耐航性試験 自然の海象中を航行する船や,ある海面に設置される海洋構造物が,波浪などの自然条件からどのような力を受け,どのような運動をし,転覆や破壊などの危険に対して安全であるかどうかを調査する試験。抵抗推進試験で使われる長大型の水槽でもある程度の試験が可能であるが,平面形が正方形または幅の広い長方形の水槽が使われ,長さ70m,幅50m,深さ3m程度が標準的な規模である。なるべく自然環境に近い海象を再現するため,造波装置,潮流発生装置,送風装置などを備え,とくに造波装置は,規則的な波だけでなく,不規則な波や三角波なども再現できるように種々のくふうを施している場合が多い。船の試験の場合は,水槽上を移動する曳引車によって船を曳引するか,または模型プロペラによって単独に航走させ,船の運動,船に加わる外力,船体表面の圧力などを計測する。海洋構造物の場合は,その形式に応じて固定したり係留した状態で計測を行う。海洋構造物だけを対象にした海洋構造物試験水槽もある。
(6)操縦性能試験 旋回性能などの船の操縦性能を調査するための試験。長大型の水槽,または運動性能試験に使われる幅の広い水槽において,操縦運動とそれに伴う流体力の計測などを行う。
執筆者:宮田 秀明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報