翻訳|dyspepsia
消化の過程が障害されて食物の分解が十分に行われない状態を消化不良というが,これは同時に吸収不良をともなうので,多くの場合吸収不良症候群としてまとめられ,消化不良という言葉は成人の単一病名としてはあまり用いられていない。
消化液の不足をもたらすものとして,肝臓・胆道疾患(肝炎や胆石,腫瘍による閉塞性黄疸のように胆汁分泌が障害されるもの),膵臓疾患(膵炎のように膵外分泌が障害されアミラーゼ,リパーゼなどが不足する場合),胃切除(胃手術により胃酸,ペプシンなどが不足する場合)などがあり,これらが消化吸収不良の原因となる。また小腸切除,短絡,手術によって生ずる盲管(細菌の異常発生),消化管粘膜の分解酵素の欠乏(乳糖不耐症等),炎症性腸疾患,内分泌疾患,放射線障害,過食,ストレス環境下における胃腸の分泌,運動機能低下なども,消化,吸収の障害をひき起こす。これらの症状の多くは下痢,腹痛として表れる。原疾患の治療とともに消化酵素製剤,下痢止めが用いられる。
執筆者:福富 久之
乳児,幼児の下痢は種々の原因で起こるが,その下痢の発生機序の分析が可能となったのは最近のことである。したがって昔は,乳幼児の下痢は食物の消化が十分に行われないために起こるという考え方が中心となっており,乳幼児が下痢をする状態のことを消化不良症Dyspepsieとよび,これが病名として用いられていた。この病名はおもにドイツ学派が用いていたものであるが,それに対してアメリカ学派では,下痢という症状そのものを表した病名,乳児下痢症infantile diarrheaを用いていた。ドイツ医学が優先していた第2次大戦前の日本では消化不良症という病名が用いられていたが,戦後アメリカ医学のほうが主流をなすようになってからは乳児下痢症という病名が一般に使われている。
乳児下痢症としては,病原大腸菌,サルモネラ菌などの細菌やロタウイルスなどのウイルスが腸管に感染して腸炎を起こして下痢をするもの,ミルクや食物中の糖,タンパク質,脂肪の分解・吸収を行う消化酵素の活性が低下して未消化の物質や異常な分解産物が腸管を刺激したり,水分を腸管内に引き出して下痢を起こすもの,ミルクアレルギーをはじめ種々のタンパク質に対するアレルギーによって起こる下痢などがある。下痢が続くと体液が失われて,脱水症におちいる。口唇や舌,粘膜がかわき,顔色も悪く,眼がおちこみ,乳児は機嫌が悪く,泣いてばかりいて,あやしても笑わなくなる。さらに重症になると,ぼんやりとうつろな眼となり,呼んでも反応を示さず,意識がはっきりしなくなり,最後には全身痙攣(けいれん)を起こしてくる。このように意識障害や痙攣,脈拍がふれにくいなどの症状を呈するようになった場合を消化不良性中毒症あるいは重症(中毒性)乳児下痢症という。
治療としては脱水症を治すための輸液療法(点滴)がまず重要である。腸管の負担を軽くするための飢餓療法,食事療法や,下痢の原因となっている細菌に対する抗生剤の投与,アレルギーをひき起こす食物の除去,腸管粘膜を保護する吸着剤,腸管の蠕動(ぜんどう)の抑制剤などの投与などを行う。下痢の治療が長引くと,栄養状態もしだいに悪くなり,腸管の耐容力(食物をよく消化して吸収する能力)が低くなり,ますます下痢しやすくなる。慢性の下痢が続くと栄養障害が強くなり,栄養失調症におちいってしまう。日本では,このような慢性の下痢,栄養失調症はほとんどみられなくなったが,発展途上国のように食糧事情が悪く多数の飢えた子どもがいるところでは,乳幼児の下痢症は重要な社会問題となっている。
執筆者:藪田 敬次郎
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