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淡路人形 あわじにんぎょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

淡路人形
あわじにんぎょう

兵庫県淡路島行われる人形芝居。祝福芸の夷回 (えびすまわ) し,三番叟と,人形浄瑠璃芝居から成る。淡路は兵庫県西宮とともに近世初期の人形浄瑠璃成立に深い関係をもつ土地で,特に阿波,淡路の領主蜂須賀家が上村源之丞の人形座を保護したため,人形浄瑠璃が栄え,大阪の文楽で絶えた特殊な演目なども,この地には伝承された。

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百科事典マイペディアの解説

淡路人形【あわじにんぎょう】

淡路島の人形芝居。起源不詳。1570年に禁裏で奉仕した上村(うえむら)源之丞の一座のほか多数の座があり,旅興行もした。《翁(おきな)》や《夷(えびす)舞》は一人遣(づかい)の古い伝統を残すが,文楽の影響で三人遣となった。
→関連項目人形浄瑠璃三原[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

あわじにんぎょう【淡路人形】

兵庫県淡路島地方の人形浄瑠璃芝居。文楽と同じく義太夫による三人遣いだが,人形がひと回り大きく,徳島県の阿波人形と同系である。淡路人形の起源については諸説があるが,大阪湾を隔てた摂津の西宮戎(えびす)神社を基盤に生まれたもののようである。戎神社は海神えびす神をまつる社で,古く水辺を漂泊していた傀儡くぐつ)の流れをくむ集団が,そのえびす神を表現した人形を舞わして,人々の息災福運を祈った。世にいう夷舁(えびすか)きがそれで,室町時代に活躍し,宮廷や公家の邸にも参って祝賀の芸を演じた。

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大辞林 第三版の解説

あわじにんぎょう【淡路人形】

淡路島に伝わる人形芝居。人形浄瑠璃劇成立以前からあり、室町初期、摂津西宮の広田社から淡路に伝来したと伝える。享保・元文(1716~1741)の頃隆盛期を迎え、当時は四十余座を数えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

淡路人形
あわじにんぎょう

兵庫県淡路島の三人遣(つか)いの人形芝居。かつてはデコ芝居とよばれていた。人形、舞台、演技、演出、組織、興行形態などに農村的な特色がみられ、都市的な大阪の文楽(ぶんらく)と対比して語られることが多い。その初発については諸説あるが、中世末ごろに摂津西宮(にしのみや)(兵庫県)の傀儡師(かいらいし)の伝承を継ぎ、阿波(あわ)(徳島県)藩主蜂須賀(はちすか)家の庇護(ひご)のもとに発展したものである。
 淡路人形は年に一、二度しか演じないような素人(しろうと)の民俗芸能ではなく、旅興行をもっぱらとする職業的な玄人(くろうと)の郷土芸能集団だった。しかし第二次世界大戦後テレビの普及など国民の娯楽感覚が変化するに伴い興行が不可能になり、職能集団であったためにかえって壊滅に追い込まれた。いまでは鳴門(なると)海峡に臨む福良(ふくら)にある大鳴門橋記念館内の淡路人形浄瑠璃(じょうるり)館でみることができる。淡路人形協会による「淡路人形浄瑠璃」は国指定重要無形民俗文化財となっている。淡路人形の特色に人形の大きなことがあげられるが、これは明治中ごろからで、それ以前は文楽と大差がなかった。首(かしら)の大きさは、立役で、文楽は13センチメートル程度だが、淡路人形では17センチメートルほどになる。野天で舞台や客席が大きくなったことや、役者(デコマワシとも)とよばれる人形遣いたちが自分を目だたせるために始めたことによるという。顔の深い彫り、照りのある塗り、ガラス製の目など作りも名称も文楽と違う。かつては本芝居となると莚(むしろ)掛けながら屋根もある掛小屋(かけごや)をつくったが、舞台間口は文楽の11メートル程度に対して14.5メートルほどもあった。舞台構造も文楽のような船底式ではなく、手すりが高く、花道がある場合もあった。背景の大道具(千畳敷)を12段とか24段とかにどんでん返しして見せる「からくり道具返し」は昔のまま残っている。浄瑠璃の語りは豪快で、『賤ヶ嶽(しずがたけ)七本槍』など独特の狂言がいくつもあった。市村六之丞(ろくのじょう)座など座元制で統括されてきたが、江戸時代中ごろ、多いときには40座、役者も1000人近くを数えたといい、明治中ごろにも21座あった。
 なお、人形の首はほとんど阿波国内で製作されていたから、阿波でも淡路にまねて農民たちの人形座が生まれ、農閑期には巡業に出たりしていた。いわゆる阿波人形芝居であるが、本質的に素人人形座である点で職業的な淡路人形芝居と異なる。それでも明治初年の最盛期には50余座を数えたという。[西角井正大]
『新見貫次著『淡路の人形芝居』(1972・角川書店)』

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