滝井孝作(読み)たきいこうさく

精選版 日本国語大辞典 「滝井孝作」の意味・読み・例文・類語

たきい‐こうさく【滝井孝作】

小説家俳人。俳号折柴(せっさい)岐阜県生まれ。昭和二年(一九二七長編小説無限抱擁」を刊行、恋愛小説として高い評価を受ける。ほかに小説「野趣」「俳人仲間」、句集「折柴句集」などがある。明治二七~昭和五九年(一八九四‐一九八四

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デジタル大辞泉 「滝井孝作」の意味・読み・例文・類語

たきい‐こうさく〔たきゐカウサク〕【滝井孝作】

[1894~1984]小説家・俳人。岐阜の生まれ。俳号、折柴せっさい。初め河東碧梧桐かわひがしへきごとうに師事。のち長編小説「無限抱擁」で、独特の私小説作家として知られるようになった。句集「折柴句集」、小説「良人の貞操」「俳人仲間」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「滝井孝作」の意味・わかりやすい解説

滝井孝作
たきいこうさく
(1894―1984)

小説家、俳人。明治27年4月4日飛騨(ひだ)高山の指物師の子として生まれ、初め魚問屋の店員として働く。全国行脚(あんぎゃ)中の河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)に会い、大阪時代を経て上京。『層雲』『海紅』など新傾向俳句雑誌に関係する。『時事新報』文芸記者となり芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)を知る。ついで『改造』記者となり志賀直哉(なおや)を知り、文学・人生にわたり敬愛する先輩として生涯交わる。志賀の住む千葉県我孫子(あびこ)、京都、奈良に移り住む。遊廓(ゆうかく)で出会った最初の妻の榎本(えのもと)りんとの恋愛とその死を中軸に据え、題を変えつつ断続連載した長編小説『無限抱擁』(1927)はストイックで純粋な恋愛小説として有名。志賀夫妻の媒酌篠崎(しのざき)リンと再婚。この経緯を率直に描いた小説集が『結婚まで』(1940)である。『父』ほか「父親もの」の一連の系統の作品も書く。1930年(昭和5)より妻の故郷八王子に移り生涯住み着く。第二次世界大戦後は風景小説を主張、『野趣』(1968。読売文学賞受賞)を刊行、また久しきにわたって芥川賞選考委員を務めた。魚釣り、能を楽しみ、書についても独特の妙味を発揮。芥川賞の選評も入れた『志賀さんの生活など』(1974)ほかエッセイも多い。1969年(昭和44)から73年にかけて異なった題で断続発表し『俳人仲間』(1973)としてまとめた長編は日本文学大賞を受賞。とくに「初めての女」の章は、飛騨における年上の芸者との交渉を初々しく描いた秀作。滝井文学の特質は、これら3人の女性と家族や身辺を「手織木綿(もめん)」のような勁(つよ)い文章で「生(き)のまま」「素(す)のまま」に描いたところにある。折柴(せっさい)と号し、『折柴句集』(1931)から自句自注の『山桜』(1975)までの俳句には、芥川の語った「修羅(しゅら)道」のような勁さと艶(つや)の両方をもつ。1959年芸術院会員、74年文化功労者に推された。昭和59年11月21日没。

[紅野敏郎]

『『滝井孝作全集』11巻・別巻1(1978~79・中央公論社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「滝井孝作」の意味・わかりやすい解説

滝井孝作 (たきいこうさく)
生没年:1894-1984(明治27-昭和59)

小説家,俳人。俳号は折柴。岐阜県の生れ。小学校卒業後,高山の魚市場の店員をしながら句作に励む。1909年高山を訪れた河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)に会い,以後師として仰ぐこととなる。14年上京。神田の特許事務所に勤め,碧梧桐一派の俳人たちと俳三昧にふけり,新傾向俳句のいちだんと変化した句作を試みた。翌年句誌《海紅》が創刊され,その編集助手となる。19年《時事新報》記者となる。同年芥川竜之介を知り,一方《無限抱擁》のヒロイン松子のモデル榎本りんと結婚。翌年生涯の師となった志賀直哉に会う。21年ころから創作に打ち込み,句作鍛錬によって得た文章力が注目される。この期の代表作が《無限抱擁》(1921-24)である。直哉を慕って我孫子,京都,奈良に後を追うが,30年以降八王子に永住。その後《慾呆け》(1933),《山女魚》(1936)などのリアリズム小説を発表する。第2次大戦後は《野草の花》(1953)などのエッセーに独特の境地を示した。
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百科事典マイペディア 「滝井孝作」の意味・わかりやすい解説

滝井孝作【たきいこうさく】

小説家,俳人。号は折柴。岐阜県生れ。河東碧梧桐の門に入り新傾向俳句を作った。小説に転じ,芥川龍之介に知られ,志賀直哉を生涯の師とした。《新小説》その他に書き継いだ長編小説《無限抱擁》を代表作とし,《結婚まで》,《慾呆け》,《積雪》等心境小説風の作品がある。第2次大戦後は《松島秋色》,《野趣》などの小説のほか,志賀直哉の死後に《志賀さんの生活など》を書いている。
→関連項目私小説

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「滝井孝作」の意味・わかりやすい解説

滝井孝作
たきいこうさく

[生]1894.4.4. 岐阜,高山
[没]1984.11.21. 東京
小説家,俳人。俳号,折柴。河東 (かわひがし) 碧梧桐に師事,1914年上京。碧梧桐,中塚一碧楼,大須賀乙字らと交わり,15年から句誌『海紅』の編集にたずさわった。 19年頃から芥川龍之介の知遇を得て創作を始め,吉原の娼妓だった妻との恋愛,結婚,死別の経緯を描いた『無限抱擁』 (1921~24) で認められた。その後,志賀直哉に私淑し,その縁で結ばれた第2の恋を綴る『結婚まで』 (27) ,老父の上京事件を描いた『慾呆け』 (33) などを刊。ほかに『松島秋色』 (52) など。芸術院会員。 74年文化功労者。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「滝井孝作」の解説

滝井孝作 たきい-こうさく

1894-1984 大正-昭和時代の小説家,俳人。
明治27年4月4日生まれ。はじめ河東碧梧桐(かわひがし-へきごとう)に師事して句作にはげむ。「時事新報」「改造」の記者となり,小説を執筆。芥川竜之介,志賀直哉を知り,志賀を生涯の師とする。昭和2年小説「無限抱擁」を刊行。35年芸術院会員。49年文化功労者。昭和59年11月21日死去。90歳。岐阜県出身。俳号は折柴。小説はほかに「俳人仲間」,句集に「折柴句集」。

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世界大百科事典(旧版)内の滝井孝作の言及

【無限抱擁】より

滝井孝作の長編小説。1921‐24年《改造》その他各誌に載せた四つの短編を合わせ,27年改造社刊。…

【私小説】より

…小林秀雄や後の中村光夫《風俗小説論》(1950)(風俗小説)の批判にもかかわらず私小説は盛んに書かれていたのである。その主なものは志賀直哉の系統では滝井孝作《無限抱擁》(1921‐24),尾崎一雄《二月の蜜蜂》(1926),《虫のいろいろ》(1948)など,葛西善蔵の系統では牧野信一《父を売る子》(1924),嘉村礒多(かむらいそた)《途上》(1932)などがある。そして前者を調和型心境小説,後者を破滅型私小説に分ける解釈が後に伊藤整《小説の方法》(1948)と平野謙〈私小説の二律背反〉(1951)によって完成,定着していった。…

※「滝井孝作」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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