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滝井孝作 たきい こうさく

美術人名辞典の解説

滝井孝作

俳人・小説家岐阜県生。号は折柴。少年時、河東碧梧桐に師事して『ホトトギス』等に投稿し俳句の道に入る。上京して早大に聴講し、書道研究誌『龍眠』を編集する。『時事新報』『改造』の記者時代に芥川龍之介志賀直哉面識を得て、小説に転じる。著書に『無限抱擁』『折柴句集』『父』等がある。芸術院会員文化功労者。昭和59年(1984)歿、90才。

滝井孝作

俳人・小説家。岐阜県生。号は折柴。少年とき、河東碧梧に師事して『ホトトギス』等に投稿し俳句の道に入る。上京して早大に聴講し、書道研究誌『龍眠』を編集する。『時事新報』『改造』の記者時代に芥川龍之介や志賀直哉と面識を得て、小説に転じる。著書に『無限抱擁』『折柴句集』『父』等がある。芸術院会員、文化功労者。昭和59年(1984)歿、90才。

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デジタル大辞泉の解説

たきい‐こうさく〔たきゐカウサク〕【滝井孝作】

[1894~1984]小説家・俳人。岐阜の生まれ。俳号、折柴(せっさい)。初め河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)に師事。のち長編小説「無限抱擁」で、独特の私小説作家として知られるようになった。句集「折柴句集」、小説「良人の貞操」「俳人仲間」など。

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百科事典マイペディアの解説

滝井孝作【たきいこうさく】

小説家,俳人。号は折柴。岐阜県生れ。河東碧梧桐の門に入り新傾向俳句を作った。小説に転じ,芥川龍之介に知られ,志賀直哉を生涯の師とした。《新小説》その他に書き継いだ長編小説《無限抱擁》を代表作とし,《結婚まで》,《慾呆け》,《積雪》等心境小説風の作品がある。
→関連項目私小説

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

滝井孝作 たきい-こうさく

1894-1984 大正-昭和時代の小説家,俳人。
明治27年4月4日生まれ。はじめ河東碧梧桐(かわひがし-へきごとう)に師事して句作にはげむ。「時事新報」「改造」の記者となり,小説を執筆。芥川竜之介,志賀直哉を知り,志賀を生涯の師とする。昭和2年小説「無限抱擁」を刊行。35年芸術院会員。49年文化功労者。昭和59年11月21日死去。90歳。岐阜県出身。俳号は折柴。小説はほかに「俳人仲間」,句集に「折柴句集」。

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世界大百科事典 第2版の解説

たきいこうさく【滝井孝作】

1894‐1984(明治27‐昭和59)
小説家,俳人。俳号は折柴。岐阜県の生れ。小学校卒業後,高山の魚市場の店員をしながら句作に励む。1909年高山を訪れた河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)に会い,以後師として仰ぐこととなる。14年上京。神田の特許事務所に勤め,碧梧桐一派の俳人たちと俳三昧にふけり,新傾向俳句のいちだんと変化した句作を試みた。翌年句誌海紅》が創刊され,その編集助手となる。19年《時事新報》記者となる。同年芥川竜之介を知り,一方《無限抱擁》のヒロイン松子のモデル榎本りんと結婚。

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大辞林 第三版の解説

たきいこうさく【滝井孝作】

1894~1984) 小説家・俳人。岐阜県生まれ。俳号、折柴。河東碧梧桐かわひがしへきごとうを師と仰いで新傾向俳句を作る一方、芥川竜之介・志賀直哉を知り小説を執筆。著「無限抱擁」「折柴句集」「俳人仲間」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

滝井孝作
たきいこうさく

[生]1894.4.4. 岐阜,高山
[没]1984.11.21. 東京
小説家,俳人。俳号,折柴。河東 (かわひがし) 碧梧桐に師事,1914年上京。碧梧桐,中塚一碧楼大須賀乙字らと交わり,15年から句誌『海紅』の編集にたずさわった。 19年頃から芥川龍之介の知遇を得て創作を始め,吉原の娼妓だった妻との恋愛,結婚,死別の経緯を描いた『無限抱擁』 (1921~24) で認められた。その後,志賀直哉に私淑し,その縁で結ばれた第2の恋を綴る『結婚まで』 (27) ,老父の上京事件を描いた『慾呆け』 (33) などを刊。ほかに『松島秋色』 (52) など。芸術院会員。 74年文化功労者。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

滝井孝作
たきいこうさく
(1894―1984)

小説家、俳人。明治27年4月4日飛騨(ひだ)高山の指物師の子として生まれ、初め魚問屋の店員として働く。全国行脚(あんぎゃ)中の河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)に会い、大阪時代を経て上京。『層雲』『海紅』など新傾向俳句雑誌に関係する。『時事新報』文芸記者となり芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)を知る。ついで『改造』記者となり志賀直哉(なおや)を知り、文学・人生にわたり敬愛する先輩として生涯交わる。志賀の住む千葉県我孫子(あびこ)、京都、奈良に移り住む。遊廓(ゆうかく)で出会った最初の妻の榎本(えのもと)りんとの恋愛とその死を中軸に据え、題を変えつつ断続連載した長編小説『無限抱擁』(1927)はストイックで純粋な恋愛小説として有名。志賀夫妻の媒酌で篠崎(しのざき)リンと再婚。この経緯を率直に描いた小説集が『結婚まで』(1940)である。『父』ほか「父親もの」の一連の系統の作品も書く。1930年(昭和5)より妻の故郷八王子に移り生涯住み着く。第二次世界大戦後は風景小説を主張、『野趣』(1968。読売文学賞受賞)を刊行、また久しきにわたって芥川賞選考委員を務めた。魚釣り、能を楽しみ、書についても独特の妙味を発揮。芥川賞の選評も入れた『志賀さんの生活など』(1974)ほかエッセイも多い。1969年(昭和44)から73年にかけて異なった題で断続発表し『俳人仲間』(1973)としてまとめた長編は日本文学大賞を受賞。とくに「初めての女」の章は、飛騨における年上の芸者との交渉を初々しく描いた秀作。滝井文学の特質は、これら3人の女性と家族や身辺を「手織木綿(もめん)」のような勁(つよ)い文章で「生(き)のまま」「素(す)のまま」に描いたところにある。折柴(せっさい)と号し、『折柴句集』(1931)から自句自注の『山桜』(1975)までの俳句には、芥川の語った「修羅(しゅら)道」のような勁さと艶(つや)の両方をもつ。1959年芸術院会員、74年文化功労者に推された。昭和59年11月21日没。[紅野敏郎]
『『滝井孝作全集』11巻・別巻1(1978~79・中央公論社)』

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世界大百科事典内の滝井孝作の言及

【無限抱擁】より

滝井孝作の長編小説。1921‐24年《改造》その他各誌に載せた四つの短編を合わせ,27年改造社刊。…

【私小説】より

…小林秀雄や後の中村光夫《風俗小説論》(1950)(風俗小説)の批判にもかかわらず私小説は盛んに書かれていたのである。その主なものは志賀直哉の系統では滝井孝作《無限抱擁》(1921‐24),尾崎一雄《二月の蜜蜂》(1926),《虫のいろいろ》(1948)など,葛西善蔵の系統では牧野信一《父を売る子》(1924),嘉村礒多(かむらいそた)《途上》(1932)などがある。そして前者を調和型心境小説,後者を破滅型私小説に分ける解釈が後に伊藤整《小説の方法》(1948)と平野謙〈私小説の二律背反〉(1951)によって完成,定着していった。…

※「滝井孝作」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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