漁業儀礼(読み)ぎょぎょうぎれい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

豊漁を祈り操業の安全を願って、漁民が営む祭事儀礼。

常時行う簡単な儀礼

裸潜りで海に潜ろうとするとき、一本釣りの釣り糸を投げ込むとき、延縄(はえなわ)を海に降ろすとき、網を海に入れるときなど、すべて漁にとりかかろうとするとき、チュッとかツォーと唇(くちびる)を鳴らす特殊な音をたて、あわせて「エベスさん」とか「大漁」などと唱えたりする風は各地でみられた。延縄や網などはこれを引き揚げる際にも「ツヨ大漁」と唱えたり、引き揚げの掛け声とともに「夷三郎(えびすさぶろう)」とか「オーダマ様」などと唱える風もあった。船上に祀(まつ)る船霊(ふなだま)様に対しては乗船の際「ツヨ」と声をかけるほか、ていねいな所では毎朝船主の妻などが供え物を持ってゆく風があった。船上でご飯を炊いたときには飯蓋(めしぶた)にご飯を盛って、船霊様やオーダマ様に供えたり、竜宮さんのためご飯を海中に投げ込んだりする風もあった。出港の際エビスの祠(ほこら)などの近くを通るとき、そこへ向けて水をかけたり、漁をして帰ってくるときにもそこへ向けて魚を投げかけたりする風も各地でみられた。あるいは、とってきた獲物の一部を神の祠へ持って行って供えるカケイオの風も珍しくない。

[最上孝敬]

漁期の始め・終わり、あるいは定まったときの儀礼

たとえばカツオ漁の始まる前、若者たちが村の各社(やしろ)へ大漁祈願に回り、そのあとで船主の家で酒宴を開いたりする所がある。網漁の始まる前、神主をよんで網や船を拝んでもらうような所もある。初めての網おろしのときオーダマ様その他漁の神々を船に祀り、酒を飲むという所もある。また初漁の獲物はその心臓を海に納め残りを船霊様に供え、帰るとそれを船主の家へ届けたりするような所もある。初漁のカツオは切り身にして少しずつ親戚(しんせき)や近所に配る風もあった。漁期の終わったとき、神主が祈祷(きとう)して船霊の性根を抜き、これをお宮の定まった場所へ納めるような所もあった。ときに漁期の初めあるいは終わりと合致することもあるが、1年のうちのある定まった日に漁の神を祭り大漁を祈る風も各地にみられた。正月の2日、11日、九月節供、10月20日のエベス講など、そのような儀礼の行われる日であった。

[最上孝敬]

不漁の続くとき、あるいは大漁のときの儀礼

不漁の続くとき、船霊様、エベス様はじめ漁の神々に供え物をして漁を祈り、宮籠(みやごも)りもするが、それでも効き目がないと、船霊様の入れ替えをしたり、自家のエベスを苫(とま)に包んで海に投じ、よそのエベスをとってきたりもする。また漁の指図に使う布手(ほて)を神社に持って行って拝んでもらったりもする。あるいは御輿(みこし)を出して船に乗せ網代(あじろ)(漁場)を回ったり、寺の木魚(もくぎょ)をたたく棒をひそかに持ってきて船に積んだりもする。これと反対に、大漁で一定量以上の漁獲があると、船の定まった所に、一部のチ(幟(のぼり)に竿(さお)を通すための小さい輪)を外して幟を立て、常と違った掛け声で引き上げてくる風があった。船上で漁の神を祀る所もあるが、帰ってから船主(網主)の家に一同集まって漁の神を祀って酒宴を開く。

[最上孝敬]

大きな獲物をとったときの儀礼

サケ、マスのような大きな魚になると、槌(つち)で頭をたたいて殺すような残忍な所作を伴うせいでもあろう、これまでにとった魚が何千匹にもなったとき、漁場近くの丘の上とか、寺の境内に供養塔を建てて魚霊を弔う風がある。島根県でワニというフカなど、これをとるたびに特別な儀礼をもって処理していたが、さらに巨大なクジラのような獲物になると、数多くの銛(もり)を打ち込まれたすえに大剣で切られ、血の海の中で断末魔の咆哮(ほうこう)をあげる惨状を見て、漁人たちも声をそろえて念仏を唱えるありさまで、捕鯨地にはクジラの供養碑が建てられている。その胎児を埋めた鯨塚などもある。

[最上孝敬]

『柳田国男編『海村生活の研究』(1949・日本民俗学会)』『『漁人』(『桜田勝徳著作集2 漁村民俗誌』所収・1980・名著出版)』

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