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漢委奴国王印 かんのわのなのこくおうのいん

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大辞林 第三版の解説

かんのわのなのこくおうのいん【漢委奴国王印】

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

漢委奴国王印【かんのわのなのこくおういん】

1784年,博多湾志賀島(しかのしま)で発見された印。《後漢書(ごかんじょ)》に,57年光武帝が倭奴国の使節に印綬(天子が臣下に与える綬(くみひも)の付いた印)を与えたとあり,この印はそのたぐいと考えられる。
→関連項目印章志賀島奴国

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

漢委奴国王印
かんのわのなのこくおういん

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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世界大百科事典内の漢委奴国王印の言及

【倭奴国王印】より

…《後漢書》にみえる光武帝が建武中元2年(57),倭奴国王に贈ったとされる金印。1784年(天明4)2月23日,博多湾志賀島で百姓甚兵衛が水田の溝を修理していたところ,二人持ちの大石が現れ,これを掘り起こすと金印が出てきたと伝えられる。当時福岡藩の藩校甘棠(かんとう)館の祭酒(校長)であった亀井南冥はこれを鑑定し,実物であることを主張,《金印弁》を著している。その後,金印は黒田家所蔵となったが,近年福岡市に寄贈された。…

※「漢委奴国王印」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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