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点竄術 てんざんじゅつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

点竄術
てんざんじゅつ

中国の『楊輝算法』から学んだ算木を用いる天元術を発展させて,筆算で高次方程式を公式的に解くことができるようにした和算の方法。万治1 (1658) 年に日本に伝えられた天元術を初めて理解したのは沢口一之の『古今算法記』 (71) であり,これに付された遺題 15 問に答えたのが関孝和の『発微算法』 (74) であった。算木の説明は不便なことが多いので,孝和は,数を書き表わす工夫,負を表わす方法,空位の零を示す工夫,加減乗と開平・開立などの記行の創出を行い,また冪 (べき) 乗は「甲四」 (甲 4 ) のように表わして,筆算に便利なようにした。ただし,「割る」の記号はなく,五分ノ三のように傍書した。たとえば,-丙+(-乙2+甲乙)x+(2乙2+甲)x2x3=0 という方程式は,図のような傍書法で表わした。孝和が傍書と呼び,一般に帰源整法といわれたこの方法は,のちに延岡藩主内藤政樹の命により松永良弼によって点竄術と呼ばれるようになった。言葉の意味は,式を置いたり変更したりすることを表わす。明治初年 algebraの訳語として提案されたこともあったが,結局代数学が定訳となった。

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百科事典マイペディアの解説

点竄術【てんざんじゅつ】

和算で用いられた筆算式の代数学。関孝和が,算木を用いる天元術の欠点を改め創始,初め帰源整法と呼ばれたが孫弟子の松永良弼が改称。点竄とは字句を直すことで,方程式の諸項を消去・加筆するさまを表現したもの。
→関連項目和算

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大辞林 第三版の解説

てんざんじゅつ【点竄術】

和算の用語。関孝和が天元術を改良して創始した多変数の連立代数方程式を扱う筆算による帰源整法を、のちに関流で改称した呼称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

点竄術
てんざんじゅつ

江戸時代の和算における筆算式代数をいう。本格的には西洋数学の代数学と一致する。したがって西洋から代数学が輸入されたのちも(代数は中国でいわれたことばである)、しばらくの間は点竄の名が使われた。明治時代の初期にはなお代数の書物に点竄の名を冠する書物が何冊か存在する。天元術は算木を並べて方程式を解くのであるが、それを改良して、紙上に墨を用いて書くことを始めたのが関孝和(せきたかかず)である。関は初めこれを帰源整法と名づけた。のち、内藤政樹(ないとうまさき)の意見によって点竄法と改めた。点竄の法は中国の史書『三国志』に出ているもので、謀略のため手紙にわざと足したり引いたりして送ったところにこの語が出ている。点は新しく書き加えること、竄は削り去ることで、この算法では加除して結果を出すことからこの名をつけたという。[大矢真一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の点竄術の言及

【天元術】より

… 関孝和は,この天元術を一般的な代数に応用し,紙に書き表せるように改良した。これが点竄(てんざん)術である。関の時代には分数式の表し方に苦労したが,関の弟子建部賢弘により,今日の方法とほぼ同じ方法がくふうされた(図4)。…

※「点竄術」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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