女性において月経がみられない状態をいい,生理的無月経と病的無月経とがある。生理的無月経は思春期以前,妊娠・産褥(さんじよく)・授乳中および更年期以後の無月経をいい,病的無月経はそれ以外の時期で,なんらかの疾患が原因となって,3ヵ月以上月経がみられないものをいう。病的無月経には,以下のようにいろいろな分け方がある。
原発無月経は,成熟期になっても月経が一度もみられない場合で,通常,満18歳になっても初潮のみられないものをいう。原発無月経の原因と頻度は,腟欠損などの性器異常によるものが39%,卵巣形成不全などの卵巣性のものが32%,染色体異常(ターナー症候群などの)に基づくものが16%で(小林拓郎,1968),先天性の異常が大部分を占めており,根本的治療は不可能のことが多い。続発無月経は,以前にあった月経が発来しなくなった場合で,間脳の脳下垂体系の異常に基づくものが83%で最も多い(小林,1968)。経口排卵誘発剤であるクロムフェンが有効であり,一般に予後がよい。
正常月経の発現のためには,間脳・視床下部-脳下垂体前葉-卵巣-子宮-頸管・腟が正常に機能することが必要であるので,それぞれの部位による分類が合理的でわかりやすい。中枢性(視床下部性,脳下垂体性),卵巣性,子宮性,副腎性,甲状腺性や代謝性の無月経に分けられる。
無月経の診断には,基礎体温曲線(BBT)が一相性か二相性か(排卵の有無),婦人科医による双合診,性ホルモン測定などの診察・検査で,器質性無月経か機能性無月経かの診断をする。これらをすることなく,いきなりホルモン療法を行うことはしない。無月経の原因部位の診断には,ゲスターゲン(プロゲステロン)投与試験で,月経様出血があれば第1度(軽症)無月経,出血がなければ第2度(重症)無月経と診断される。さらに,エストロゲン・ゲスターゲン試験,ゴナドトロピンによる排卵誘発試験,LHRH試験などを,順次に行うが,これらの試験は治療をもかねている。また,血中,尿中のホルモン測定を行えば,さらによい。
(1)中枢性無月経 間脳・視床下部性無月経と脳下垂体性無月経とがある。
(a)間脳・視床下部性無月経は間脳障害に基づくもので,プロラクチン過剰性無月経,神経性無食欲症,心因性無月経,精神緊張性無月経,特発性間脳性無月経,フレーリヒ症候群(肥胖性性器萎縮症),シモンズ症候群,カルマン症候群,間脳およびその付近の腫瘍,脳炎および髄膜炎後や頭部外傷後の無月経がある。プロラクチン過剰性無月経は無月経婦人に相当な高頻度(22%)でみられ,血中のプロラクチン値が高い。しばしば乳汁漏出を伴う。この場合,乳汁漏出性無月経症ともいわれ,分娩後にみられるキアリ=フロンメル症候群が代表的なものである。脳下垂体腺腫を伴うものもある。麦角アルカロイドの一種であるブロモクリプチンの内服が有効であるが,大きい脳下垂体腺腫は手術が必要である。特発性無月経は,明らかな原因の見いだせないもの,間脳の性機能調節中枢の障害が考えられるものをいう。心因性・精神緊張性無月経は精神的ショック,不安,恐怖,環境の急変などによって起こるもので,戦争時にみられる戦時無月経,刑務所などにみられる拘禁無月経や想像妊娠はこれらに属する。
(b)脳下垂体性無月経には,脳下垂体腫瘍や汎脳下垂体機能低下症(シーハン症候群,シモンズ病),クッシング症候群などによって起こる。シーハン症候群は,分娩時の大出血やショックの結果起こることが多い。脳下垂体の機能低下のために無月経が一つの症状として起こる。
(2)卵巣性無月経 卵巣形成不全を伴うターナー症候群,卵巣の多囊胞化,腫大,無排卵,肥満,多毛,不妊症を主訴とする多囊胞性卵巣,シュタイン=レーベンタール症候群やある種のホルモン産生性卵巣腫瘍などがある。両側の卵巣摘除後には当然起こる。多囊胞卵巣では血中のホルモン値が特異で,血中FSHは低いが,血中LHは高い。卵巣楔形切除術が有効(75~90%)である。
(3)子宮性無月経 鎖陰により月経出血が体外に排出されない場合の見せかけの無月経(偽無月経,潜伏月経とも呼ばれる)と,子宮そのものが原因となる狭義の子宮性無月経とがある。後者には結核性子宮内膜炎,子宮腟癒着症(外傷性無月経,アッシャマン症候群),高度の子宮発育不全症,子宮萎縮などがある。治療には,それぞれの原因に対して手術療法およびホルモン療法を行う。
(4)副腎性無月経 副腎皮質の機能亢進と低下によってみられる。前者では副腎性器症候群のようなアンドロゲン過剰症,クッシング症候群やアルドステロン分泌亢進(コン症候群)があり,後者では副腎機能低下症(アジソン病)がある。
(5)甲状腺性無月経 甲状腺機能亢進症または低下症などの場合にみられる。月経異常の原因のうち,甲状腺疾患によるものは7~10%を占め,甲状腺疾患の約半数で無月経がみられる。
(6)代謝性その他に基づくもの 糖尿病,重症感染症,貧血,栄養低下等などで起こり,全身性無月経ともいう。
→基礎体温 →月経 →月経異常
執筆者:加藤 順三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
月経が規則的な間隔(およそ4週間)で反復しておこらないことをいう。思春期のおよそ12歳ころに初経をみることが多いが、生後一度も月経がみられない場合を原発性無月経といい、いったんみられた月経がなくなる場合を続発性無月経という。子宮内膜からの月経血の排出路が閉鎖しているために血液が腟(ちつ)外に流出しないものを偽(仮性)無月経という。これに対して一般的に無月経というと、子宮内膜から月経出血がないものをさし、真の無月経という意味で真性無月経といわれる。真性無月経は生理的なものと病的なものとに分けられる。前者には幼小児期、閉経後の老年期婦人の無月経、成熟期婦人の妊娠・産褥(さんじょく)・授乳期の無月経がある。病的無月経にはさまざまな原因がその背景にあるが、おもな発生部位別に視床下部性、下垂体性、卵巣性、子宮性、副腎(ふくじん)性などと、全身性疾患に随伴しておこるものなどがある。
視床下部性無月経は、視床下部から分泌される黄体形成ホルモン放出ホルモンの下垂体に対する刺激が不十分なために、下垂体からの卵巣刺激ホルモンの分泌が不足しておこる。下垂体性無月経は、下垂体での卵巣刺激ホルモンの産生が低下するためにおこる。卵巣性無月経は、卵巣に原因があるために無月経になるもので、卵巣の発育不全、老化、卵巣摘除後、X線照射後などで卵巣からの卵胞ホルモンの分泌が不足するためにおこる。子宮性無月経は、結核性子宮内膜炎や、分娩(ぶんべん)や流産時の子宮内操作と炎症などによって子宮内膜が荒廃したためにおこる場合や、極端に発育が不良な子宮でみられる。副腎性無月経は、副腎皮質の機能亢進(こうしん)や男性ホルモンの分泌が過剰であるときにおこる。全身性の疾患に伴っておこるものは、慢性の疾患たとえば肝硬変、悪性腫瘍(しゅよう)、慢性心疾患、慢性腎炎や、結核などの感染症、肥満、やせすぎなどによっておこる。内科的なホルモン分泌の異常には、甲状腺(せん)の病気(機能亢進症と機能低下症)、糖尿病などがある。以上のように、病的無月経の原因はさまざまなので、原因をよく調べる必要がある。
原発性無月経では、卵巣の形成がほとんどない先天的な異常によるものが多いので、早期の専門的な診断がたいせつである。既婚婦人の場合には、妊娠を目的にする根本的な原因に対する治療が可能であるのか、妊娠の可能性がなく単なる対症療法にとどまるのか、個々の症例に応じて治療内容は大いに異なる。
[新井正夫]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…子宮内膜のうち,深層部の基底層(機能層に比べてごく薄い)は,このような特定の血管構造をもたず,ホルモンに反応しないので剝脱せず,機能層が卵巣からの性ホルモンの減少に反応して剝脱する。 妊娠時に無月経になるのは,妊娠すると,黄体が妊娠黄体になり,黄体ホルモンなどが盛んに分泌されつづけ,血中の性ホルモンレベルが維持されるので,子宮内膜は剝脱することなく,月経出血が発来しない。これを生理的無月経という。…
…正常月経より逸脱した異常な状態のことで,無月経のほかに,月経の開始時期(初潮)や終了時期(閉経),月経周期の長さ,月経血量,月経時の随伴症状などの異常であり,以下のようなものが含まれる。
[無月経]
成熟婦人において月経のみられない状態をいう。…
…女性では,卵巣での卵子形成障害およびエストラジオールやプロゲステロンなどの分泌低下がみられる。このような卵巣機能低下症の場合は無月経を伴う。
[男性の場合]
男性の性腺機能低下症のうち原発性性腺機能低下症としては,先天的なものでは,睾丸無形成,クラインフェルター症候群,ライフェンスタイン症候群,男性ターナー症候群などにより,精細管,間質細胞の双方が障害される。…
※「無月経」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...