脊椎動物における最も重要な内分泌腺。最近は単に下垂体といわれることが多い。神経下垂体neurohypophysisと腺下垂体adenohypophysisとからなる。腺下垂体は咽頭後部口蓋上皮の外胚葉性突起,すなわちラトケ囊 Rathke's pouchから生じたもので,哺乳類では主葉(哺乳類の場合,前葉ともいう),中葉(中間部),隆起葉(隆起部)からなる。鳥類には中葉がない。隆起葉は魚類にはなく,両生類で初めて対をなして出現するものであり,爬虫類ではワニ,カメにはあるが,トカゲ,ヘビには存在しない。神経下垂体は間脳底部の突起で,簡単にいうと正中隆起と神経葉とからなる。魚類では神経下垂体は一塊となっているが,前部が正中隆起に,後部が神経葉にあたり,腺下垂体の背側にある。サメでは正中隆起と神経葉ははっきり区分できるが,神経葉の組織が中葉に入り込んでいるので,両者を合わせて神経中葉という。円口類のヤツメウナギでは主葉,中葉,神経下垂体は区別できるが,メクラウナギでは腺下垂体は一様の組織で,主葉と中葉は区別できない。神経下垂体は区別できる。ヤツメウナギの腺下垂体は,哺乳類の腺下垂体細胞のように染色されるが,メクラウナギのそれは染色されない。メクラウナギではいかなるホルモンが分泌されているのか不明である。原索動物のナメクジウオの咽頭天井にある外胚葉性のハチェクの器官は腺下垂体と相同の器官といわれ,ホヤの脳-神経腺も神経下垂体-腺下垂体と相同といわれるが,ホルモン分泌の証拠はない。
腺下垂体の主葉は,哺乳類から両生類まで,少なくとも6種類のホルモンを分泌する。生殖腺刺激ホルモンは両生類より高等なものでは2種類あるが,魚類では1種類しかない。中葉からは黒色素胞刺激ホルモンが分泌される。隆起葉の作用は不明である。神経葉から分泌されるホルモン(後葉ホルモンともいう)は,脊椎動物を通じて10種類ある。正中隆起には,腺下垂体ホルモンの放出ホルモンや放出抑制ホルモンを生産する視床下部の神経分泌細胞の軸索末端が集合している。これらのホルモンは正中隆起腹面にある下垂体門脈血管に放出され,腺下垂体に達し,その機能を調節する。円口類のヤツメウナギやメクラウナギでは,下垂体門脈血管はひじょうに少ないので,腺下垂体は視床下部とは関係なく自律的に機能している可能性がある。
執筆者:小林 英司
ヒトの場合,脳下垂体は間脳の視床下部から細い下垂体茎によってぶら下がり,頭蓋底の正中線上にあるトルコ鞍(ぐら)の上にのっている。重さ約0.6g,前後長8~9mm,幅10~14mm,高さ約8mmの楕円体の内分泌器官で,他の脊椎動物の場合と同じく,由来を異にする二つの部分,すなわち腺下垂体と神経下垂体からできている(図)。
腺下垂体は,胎児期の口腔天蓋上皮が陥没してできたラトケ囊に由来し,数種類の前葉ホルモンと中間部ホルモンを分泌する腺組織である。一方,神経下垂体は第三脳室底の突出によって生じた神経組織で,視床下部の特定の神経細胞でつくられ神経繊維の中を通って下降してきた後葉ホルモンの蓄積および放出の行われる部位である。
腺下垂体はさらに,上に向かってのびている隆起部(既出の隆起葉),下垂体の前部を占める前葉(主葉),前葉の後部に位置する中間部(中葉)の3部に分けられる。神経下垂体は腺下垂体の後部にあり,漏斗と後葉(神経葉)からなる。なお漏斗は正中隆起と漏斗茎に分けられる。
腺下垂体の前葉からは数多くのホルモンが分泌されるが,現在までに完全にわかっているものは6種類である。すなわち,成長ホルモン,プロラクチン,副腎皮質刺激ホルモン,甲状腺刺激ホルモン,卵胞刺激ホルモン,黄体形成ホルモンである。このほか最近の説ではリポトロピン,エンドルフィン,エンケファリンも分泌されるという。前葉の分泌細胞はヘマトキシリン-エオシン染色をはじめ,アザン,アルデヒドフクシン,PASなどの染色を組み合わせることにより,多くの種類に分けられる。エオシンによって赤く染まるのが酸好性細胞,ヘマトキシリンによって青く染まるのが塩基好性細胞であり,どちらにもよく染まらないのが色素嫌性細胞である。アザン染色をすれば,酸好性細胞はアゾカルミンに染まるα細胞と,オレンジGに染まるε細胞に分けられ,またアルデヒドフクシン染色をすれば,塩基好性細胞はこれに染まるβ細胞と染まらないδ細胞に分けられる。α細胞からは成長ホルモンが,ε細胞からはプロラクチンが,β細胞からは甲状腺刺激ホルモンが,δ細胞からは卵胞刺激ホルモンと黄体形成ホルモンが,弱塩基好性の細胞からは副腎皮質刺激ホルモンが放出されると考えられている。電子顕微鏡によって細胞内の顆粒の形態と分泌ホルモンとの関係がかなり明らかにされたが,さらに近年,免疫細胞化学の発達により腺細胞と分泌ホルモンの関係がより明確になりつつある。また色素嫌性細胞であるγ細胞は分泌能力をもたず,この細胞が種々の腺細胞に分化する可能性が考えられている。
(1)成長ホルモンsomatotropic hormone(STH) 動物の発育に不可欠なホルモンで,骨,筋肉,内臓の発育を促す。タンパク質の合成を盛んにするが,病的な分泌過剰は,骨や臓器などの過剰な発育と糖尿,高脂血症を起こす。
(2)プロラクチンprolactin(PRL) 乳腺刺激ホルモンともいい,発育した乳腺に働いて乳汁分泌の引金をひき,これを維持する作用をもつ。動物では黄体維持作用や水電解質に及ぼす作用があるが,ヒトでは明らかでない。
(3)副腎皮質刺激ホルモンadrenocorticotropic hormone(ACTH) 副腎皮質に働いて副腎皮質ホルモンの合成と分泌を促す。ストレスから体を守る働きをするホルモンで,動物がストレスに出会った場合,このホルモンの分泌が増加して副腎皮質ホルモンの分泌が盛んになる。
(4)甲状腺刺激ホルモンthyroid-stimulating hormone(TSH) 甲状腺に働いて甲状腺ホルモンの合成と分泌を促す作用をもつ。すなわち,このホルモンは,甲状腺でつくられ蓄えられているチログロブリン(サイログロブリン)が分解されて甲状腺ホルモンとして分泌されるのを促進する一方,甲状腺へのヨウ素の取込みを促し,新たにチログロブリンをつくる働きをする。
(5)卵胞刺激ホルモンfollicle-stimulating hormone(FSH) 女性では卵巣に働いて原始卵胞の発育を促す作用をもち,男性では睾丸の精子形成を促進する。
(6)黄体形成ホルモンluteinizing hormone(LH) 女性ではFSHとともに卵胞の発育を促進し,エストロゲンの産生と分泌を刺激する。月経中間期には,前葉から急激なLHの分泌が起こり,卵巣の成熟した卵胞はこれに反応して排卵を起こして黄体が形成される。男性では,LHは睾丸の間質細胞(ライディヒ細胞)のテストステロンの合成と分泌を促進する。卵胞刺激ホルモンと黄体形成ホルモンの両者を合わせて性腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン)と呼ぶ。
→性ホルモン
執筆者:藤田 尚男+石橋 みゆき
隆起部の組織構造は,前葉のそれと本質的には同じであるものの,色素嫌性細胞が多くみられ,隆起部細胞と呼ばれているが,その働きについてはわかっていない。
中間部の形態は動物による違いが著しく,ヒトでは,ほかの哺乳類と比べて発達が悪く,葉を形成していない。中間部が発達しているのは魚類や両生類である。これらの動物では,ここからメラニン細胞刺激ホルモンmelanocyte-stimulating hormone(黒色素胞刺激ホルモン,MSH)が分泌される。これらの動物は暗い所ではこのホルモンの分泌が促され,このホルモンが皮膚のメラニン細胞に働き,のメラニン顆粒を細胞の突起内に拡散させるので,体色が黒くなる。このようなことから,ヒトにおいても,メラニン細胞刺激ホルモンが同様に分泌されていると思われるが,その作用や生理的意義はわかっていない。
神経下垂体の漏斗では,一次毛細血管網と呼ばれる数多くの洞様毛細血管のループが形成されているが,これらは,隆起部の中に出て数本の静脈となって下降し,前葉に達して再び二次毛細血管網と呼ばれる洞様毛細血管網を形成する。このような構造は下垂体門脈系と呼ばれる。視床下部の諸核の神経細胞でつくられ,神経終末まで下降し一次毛細血管に分泌された前葉ホルモン放出ホルモンreleasing hormone(RH)が,この系を通って前葉に向かい,それぞれの腺細胞を刺激して分泌を支配する。
たとえば成長ホルモン放出ホルモン(STR-RH)というように,それぞれの前葉ホルモンに対しそれぞれの放出ホルモン(RH)が存在する。もっとも放出ホルモンのなかには,他の放出ホルモンと同一と思われるものもある。たとえば,黄体形成ホルモン放出ホルモン(LH-RH)は卵胞刺激ホルモン放出ホルモン(FSH-RH)と同じである。また,なかには構造が解明されていないものもあり,そのような場合にはホルモン放出因子releasing factor(RF)と呼ばれている。このような放出ホルモンまたは放出因子とは逆に,放出を抑制するホルモン,すなわちホルモン放出抑制ホルモンinhibiting hormone(IH)もあり,プロラクチン放出抑制ホルモン(PIH),成長ホルモン放出抑制ホルモン(ソマトスタチン)などがみつかっている。
神経下垂体の後葉からは,オキシトシンoxytocin(OT)とバソプレシンvasopressin(VP)の二つのホルモンが出されるが,これらのホルモンは後葉で生合成され,分泌されるものではない。視床下部にある視索上核や室旁核の神経細胞で産生されたホルモンが,後葉にまでのびた神経突起の中を下降し貯留されたもので,刺激に応じて分泌されるのである。後葉の細胞は,これらの神経突起を保護,栄養する神経膠細胞の一種なのである。このように神経細胞からホルモンが分泌される現象は神経分泌と呼ばれている。
オキシトシンは子宮収縮作用をもち,分娩に際して子宮が収縮するのに重要な働きをするほか,乳汁が放出されるためにも不可欠なホルモンである。またバソプレシンは血圧上昇作用を有するが,生理的に重要なのは抗利尿作用(尿量を調節する作用)であり,水分を保持し,体内の浸透圧を一定に維持するのに重要なホルモンである。バソプレシンの合成,分泌が障害されると,尿を濃縮することができなくなり,尿崩症になる。
脳下垂体ホルモンの分泌異常による病気のいくつかについてはすでに触れたが,脳下垂体の前葉に良性腫瘍ができると,特定のホルモンの分泌が亢進して脳下垂体機能亢進症となる。α細胞の機能亢進が幼少期の骨端軟骨閉鎖前に起こると,成長ホルモンの過剰分泌により下垂体性巨人症となり,またそれ以後に起こった場合には末端肥大症となる。また塩基好性細胞の機能亢進が起こると,副腎皮質から糖質コルチコイドが多量に出る結果をまねき,クッシング病(クッシング症候群)となる。また,これとは逆に種々の原因により脳下垂体が破壊,壊死(えし)におちいり,ホルモン分泌能が低下すると,脳下垂体機能低下症を招来する。下垂体性小人症(小人(こびと))もその一例である。
執筆者:藤田 尚男+板橋 明
ホルモン剤としては,性腺刺激ホルモンのうち黄体形成ホルモンは妊婦尿,卵胞刺激ホルモンは妊馬血清または閉経期婦人尿から同じ作用のものが得られるので,脳下垂体を原料としていない。成長ホルモンには種特異性があり,ヒトには霊長類のものしか有効でないのが問題であったが,現在では遺伝子組換え技術による量産が実用化されている。甲状腺刺激ホルモン,プロラクチンは現在家畜の脳下垂体から抽出しているが,供給が十分でない。とくに後者は,臨床応用が期待されるのでより多くの供給が望まれる。副腎皮質刺激ホルモンは抽出天然品,合成類似品の両方が使われる。オキシトシン,バソプレシンには家畜の脳下垂体からの抽出品もあるが,それぞれ異なる生理作用の一方を強く示す合成類似品がよく使用されている。
執筆者:川田 純
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…間脳はヒトでは中枢神経系全体の約2%を占める小さな構造ではあるが,一様なものではなく,発生的,位置的,さらに他の部とのつながりから,(背側)視床,視床下部,腹側視床,視床上部と呼ばれる四つの部分から成っている。また視床下部と視床上部には,中枢神経系内の内分泌器官である脳下垂体と松果体(上生体)がそれぞれ付着している(図)。これらの間脳区分のうち視床は動物が高等になるにつれて全体のなかで占める割合が大きくなり,ヒトではその大部分を占めるようになる。…
…
[中枢説]
すでに1800年代中ごろから1900年代初期にかけて,摂食の調節に関与するのは脳の最深部に位置する視床下部であることを示唆するいくつかの報告があった。たとえば,1840年のモーによる視床下部性肥満症例,1901年のA.フレーリヒによる脳下垂体囊腫のある少年の肥満と性器発育不全を主徴とするいわゆるフレーリヒ症候群とその脳下垂体機能異常との密接な関連性,04年のエルドハイムによるフレーリヒ症候群が脳下垂体性ではなくて視床下部性であるという見解など,ヒトの臨床病理学的所見に基づく記載がある。一方,1910年代以降,動物を用いた研究も行われ,イヌやネズミの破壊実験に基づく視床下部と肥満の密接な関連性について報告された(1930)。…
…これまでに知られている内分泌腺は以下のとおりである。(1)脳下垂体 脳下垂体は神経下垂体と腺下垂体からなる。神経下垂体は解剖学的に神経葉と正中隆起に区分される。…
※「脳下垂体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
一般的には指定地域で、国の統治権の全部または一部を軍に移行し、市民の権利や自由を保障する法律の一部効力停止を宣告する命令。戦争や紛争、災害などで国の秩序や治安が極度に悪化した非常事態に発令され、日本...
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